金融工学をあやつる博士の異常な愛情『マンガ LTCM』 または私は如何にして心配するのを止めてブラックスワンを愛するようになったか

東海林 真之2015年10月19日 印刷向け表示
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10月19日は月曜日です。そう、約30年前の1987年も10月19日は月曜日でした。史上最大規模の世界的株価大暴落が起こった、後に「ブラックマンデー」と呼ばれるようになる日です。

このとき、世界的な株価大暴落は1929年の世界恐慌以来だと言われていました。そもそもが確率的にほとんど起こりえない大暴落が起こったわけです。しかし、その後大暴落はひんぱんに起こることになります。1997年のアジア通貨危機、2007年のサブプライム問題。「あれ、10年ごとに起こってるんじゃないの?」という"10年周期説"が世に出る気持ちもわかります。

千年に一度のアイドルがひんぱんに登場するご時世ではないですが、確率的にほとんど起こりえない株価大暴落が10年ごとに起こっている。これは、金融工学の発展とコンピュータの普及によるものでしょう。レバレッジ取引が広がり、世界の金融市場がつながることで、短期間で同じ方向に大規模な金額が動くようになったこと。金融工学の発展もコンピュータの普及ももちろん悪いことではないですが、その危険性は把握しておきたいですよね。

今回は、金融工学を駆使したヘッジファンドの栄枯盛衰を追うことで、ざっくりと金融工学の影響を理解できるマンガを紹介しようと思います。タイトルはそのままズバリ『LTCM』。さて、みなさんはLTCMをどの程度ご存知でしょうか。

文庫版 マンガ LTCM 巨大ヘッジファンド崩壊の軌跡 (PanRolling Library 2)
作者:清水昭男
出版社:パンローリング
発売日:2007-09-13
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金融工学といえば、1970年代に発表された「ブラック-ショールズ方程式」によるデリバティブの価格付け理論が有名です。このブラック-ショールズ方程式の発表と証明により、マイロン・ショールズとロバート・マートンが、1997年にノーベル経済学賞を受賞します。実は、ノーベル経済学賞を受賞する3年前に、この2人が取締役に加わって立ち上げられたヘッジファンドがありました。それが「LTCM」です。

『マンガ LTCM』 p.30

LTCMは元ソロモン・ブラザーズの債券トレーダー、ジョン・メリウェザーが立ち上げました。メリウェザーは、ソロモン・ブラザーズでも取締役副会長にまでのぼりつめた伝説級の人物。一時は、100人のチームで総勢6000人のソロモンの全収益の半分を稼ぐほどだったといいます。(なお、この時の彼のチームには、後にマネックス証券を設立する松本大氏もいました。)

そんなメリウェザー、ショールズ、マートンのいるLTCMは、「ドリームチームの運用」と呼ばれ、華々しく立ち上がります。設立当初から12億5000万ドル(USドル)を集めたことでも驚きですが、その後も成功をおさめ続け、4年間で投下資金を4倍に、平均の年間利回りは40%を突破します。運用資産には高いレバレッジをかけていたため、一時は運用額が1200億ドルを超えていました。

成功し続けるLTCM 『マンガ LTCM』 p.92

この時点でLTCMの運営者たちは、十分な資産を築いていました。名声も得ていました。これ以上、何を望んだのでしょうか。

マンガでは「我々が正しかったことを証明」したかったと描いてます。「LTCMは壮大な実験」だったのだと。先日NewsPicksで楠木教授に相談していた大学生と同列に語っては失礼かもしれませんが、自己肯定感が低かったのかもしれません。理由はともあれ、この後も彼らは運用を続けます。そして結果として、1998年には破たんへ向かってまっすぐ突き進むこととなるのです。 

LTCMは壮大な実験です 『マンガ LTCM』 p.96

運用額が膨らみすぎたLTCMは、金融マーケットへの影響も大きいため、破たんさせるわけにいかない状況でした。終末に向けた時間との戦いのなか、ニューヨーク連邦準備銀行の指示によりLTCMに資金を提供していた14銀行が、総額36億ドルを超える資金を融通し、救済します。

またこの危機の最中には、ジョージ・ソロス、ウォーレン・バフェットという世界的な投資家やAIG、ゴールドマン・サックスなどの巨大金融機関が、LTCMのノウハウを独占するために、足元を見た買収を打診していたといいます。大きな危機をチャンスと捉える"思惑"の動きがよくわかる事例です。 

銀行によるLTCM救済の議論 『マンガ LTCM』 p.142

ウォーレン・バフェットからの買収提案 『マンガ LTCM』 p.150

LTCMを教訓として、なにが変わったのでしょうか。
金融業界はますます複雑な金融工学を用い、テクノロジーの進化もとまりません。その結果再び、2007年以降の金融危機が起こりましたし、LTCMで救済された運用メンバーも歴史を繰り返します。メンバーはLTCMの清算後に「JWMパートナーズ」という新しいヘッジファンドを開業し、やはり数年間の成功を続けた後に、金融危機で損害をだし2009年にファンドを閉鎖するのです。

人間は結局なにも変わらないなどという陳腐な結論を述べたいのではありません。たかだか20年足らずの歴史でさえも学べることがあり、おそらく近い未来にも生かせるだろうことを、もう一度認識しておきたい。そんな考えを抱かせたマンガが『LTCM』でした。
(電子化してくれないかな。)
 

文庫版 マンガ LTCM 巨大ヘッジファンド崩壊の軌跡 (PanRolling Library 2)
作者:清水昭男
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発売日:2007-09-13
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ちなみに、この手の金融のお話が好きな人には、こちらのレビュー・本を激しくおススメします。「『フラッシュ・ボーイズ』 ナノ秒速で100億ドル以上を稼ぐ男たち

余談ですが、この『フラッシュ・ボーイズ』を書いたマイケル・ルイスが1998年1月にLTCMパートナー数人をインタビューしていたようです。おもしろいのは、実はこのマイケル・ルイスもかつて、ソロモン・ブラザーズのトレーディングルームで、その後LTCMのパートナーとなる人たち(インタビュー相手)と机を並べていたという事実。マネックス証券の松本大氏の1期上になるそうです。

マンガではありませんが、この当時のソロモン・ブラザーズを描いた本があるので、興味ある人にはこちらもおススメです。(『メイク・マネー!』の著者 末永徹氏は、松本大氏の同期です)

ライアーズ・ポーカー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
作者:マイケル ルイス 翻訳:東江 一紀
出版社:早川書房
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メイク・マネー!―私は米国投資銀行のトレーダーだった
作者:末永 徹
出版社:文藝春秋
発売日:1999-09
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