子供の非行、離婚危機、遺産相続…「平凡なことを忘れたときに人が争う」という言葉の意味。そして、家族の幸せとは『家栽の人』

山田 義久2015年10月26日 印刷向け表示
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家栽の人(1) (ビッグコミックス)
作者:毛利甚八
出版社:小学館
発売日:1988-10-29
  • Amazon Kindle

 ある平日の夜、普段通り地下鉄に乗っていた時のこと。
つり皮に立つ40代後半くらいの男性が、スマホでやたら真剣にマンガを読んでいたのですが、ときおり目頭を押さえるようなしぐさを始めました。おいおいおい、そこまでさせるマンガはいったいなんだ、、と、背後から近付いて何読んでいるのか確かめたところ、、、、驚きました。
おお、『家栽の人』だ!そして、いつのまにかKindle化されている!!!
って、なんの話かわかる人は少数派だと思うので少し説明します。

『家栽の人』は80年代後半から90年代にかけて、つまり20年以上前に連載されていた家庭裁判所を舞台にした作品です。
主人公は裁判官・桑田義雄。彼のもとに持ち込まれる事件を、彼が考え、思い、仲間たちと語りながら一つ一つ丁寧に裁いていく姿を描くのが基本的なストーリーです。

(出所:15巻 桑田判事)

この人、お父さんは最高裁判所の長官で、自身は22歳で司法試験合格、司法修習生時代の成績抜群、実務面もその優秀さから既に最高裁からお呼びがかかるというスーパーエリート裁判官ながら、一切の出世を拒否し、自ら地方の家庭裁判所に身を置く道を選び、まわりからは変人と見られています。

さらに、彼は変人と見られる要素がもう一つあります。彼はありとあらゆる草花に精通し、昼休みも寸暇を惜しんで園芸に精を出すくらい、大好きな草花と過ごす時間を何よりも大切にしています(ある意味仕事よりも)。今の時代なら、植物オタクとでも呼ばれていたでしょう。

しかし、彼は、言葉を発しない草花達のはかなく、たくましく生きていく姿に、家族のあるべき姿のヒントを見出しています。そして、犯罪を犯した少年や、崩壊寸前の夫婦や兄弟に対峙する際、ときにそんな草花の姿をひきあいにだしながら、家族であることの本質を考えさせていくのです(各話のタイトルには植物の名前がついている)。

つまり、目の前の罪や係争を、条文にあてはめて機械的に処理するのではなく、自分の前に来た人々をよく観察した上で、「家族」の種を(う)えて、育てるにはどうしたらいいか、ともに考えるように誘導すべく、優しく、しかし深みのある言葉を投げかけていくのです。
本作のタイトルをよく見ると、家の人でなく、家の人になっているのはそのあたりに理由があります。

そんな桑田判事の発する言葉は、心の琴線に響くものが多く、ネットに名言集があるくらい。
最近では、マツコ・デラックスさん、坂上忍さんのように厳しい言葉を直言する人が注目される傾向がありますが、桑田判事の言葉は、岡野工業の「痛くない注射針」じゃないですが、トゲのない優しくすっと入ってくる言葉ながら、我々が日常で忙殺されるなか忘れがちな家族でいることの意味を根底から考えさせるようなものが多いのです。
きっと、その電車の中の人も、桑田判事のどれかの言葉に心打たれていたんでしょう。

以下、今回ざっと読みなおして、ぐっときた桑田判事の発言をピックしてみます。

「恵まれた家庭で育った自分が、非行少年の気持ちが本当に分かるのか」という問いに悩む、調査官に対する桑田の返答。

(出所:1巻)

家裁に来るような少年たちは、人生のスタートで冬を味わっているんです。まだ人生を選べることを、知らないだけなんです。それを、違う人間と片づけられますか。

ある夫婦の離婚調停について。妻は離婚するの一点張り、夫は離婚しないの一点張り。妻は「私は夫を愛していない」と家を出ている。その理由は「仕事から帰ってきても何もしゃべらない。あんなロボットみたいな人をは暮らせない」。刑事である夫は、普段から精神的に過酷な現場にいるので、仕事を家に持ち込みたくない、だから、そのような態度をとってしまうのもしかたないのではないか、と反論。
見方によっては、妻が一方的にわがままを言っているようにも見えるなか、桑田判事がまず、「離婚は仕方ありませんね」と断言。そして、「幸せになるためには、たくさんの積み重ねが必要です。しかし、家庭を不幸にするための罪は、たった一つで十分なんですよ」と加える。実は妻は、夫が粗暴で感情的に見える半面、すごく繊細で傷つきやしい一面を持っていることに気づいており、家の中だけでも安らげるように、玄関に毎日違う花を飾っていた。

 

(出所:2巻)

 "きれいだな" その一言を、あなたは言えなかった。

ちなみに、このご主人、後で執行猶予をもらいます(笑)。

また別の夫婦の離婚調停について。ある日、夫婦喧嘩がエスカレートして、夫が趣味のエアーガンで妻の額を撃ってしまう。それをきっかけに妻は荷物をまとめて出て行ってしまう。妻の父は成功した実業家であり、親子ともども調停に乗り込んで来て、夫を糾弾しはじめる。おもちゃといえエアーガンで発砲した夫が100%悪いという流れのなか、桑田は静かに語りかける。

奥さんは、そんなにご主人が頼りないとお考えですか(←実は妻は普段から夫に対して「いつになったら一人前になるのよ!」等罵倒していた)」
旦那さんがどんな人ならよかったですか?

言葉に詰まる彼女に、そっと

あなたは(実業家の)お父さんと旦那さんを比べていませんか?
ここからのやり取りがあまりに素晴らしい。

夫婦は、ただ一つの、弱点を許しあうことのできる社会単位ですよ。根付く前に壊すのはもったいない。

次は、父親が亡くなり、無人となった実家を相続した3人の兄弟が、実家を売却してその金額を3等分することになる。それを聞いた際、桑田判事は「もったいないですね。。。」、「気持ちよく帰れる家は冬の日のピラカンサみたいなものですよ」と発言。3兄弟はあきれ顔。
兄弟3人とも売却に合意しているにも関わらず、そういう発言をした意図について後で調査官に聞かれたときの答えがこれです。

(出所:5巻)

でも、平凡なことを忘れた時に人が争うんですよね。

結局、更地になった実家を見に行った3兄弟は「実家をなくすのは簡単だな。。。」、「あの判事の言う通りだったな」と懐古することになる。

ある調査官が自分の息子との関係で悩んでいた。というのも、以前、彼が調査を担当したのが、たまたま窃盗で捕まった息子の友人であったことがあり、その際に「彼とは(金輪際)付き合わないように」と言ってしまった。それ以降、親子関係がぎくしゃくしていしまい、息子は喫煙等、非行に走ってしまうが、息子に正面から向き合えない自分がいた。それが仕事にも支障をきたし始めた頃、桑田は彼をタラノメ採りに誘い、帰りの電車で話かける。

(出所:8巻 ※渋谷はもう一人の調査官)

息子さんが可愛いなら、思い切り可愛がればいいじゃないですか。私達が少年に対してできることは、小さなことです。だけど小ささを恥じて、それをしまい込む人が多過ぎるんです。

毎日2時間以上花壇をいじってる桑田判事に、同僚たちも最初は変人扱いし、不信感を募らせていましたが、人の心を開きながら、丁寧に、的確に各案件にあたっていく姿に、徐々に魅了されていくことになります。

(出所:15巻 桑田を訝しがっていた同僚の裁判官たちも最後には)
響く言葉もまだまだあるのですが、きりがないのでことあたりで。。。

この作品、最近のマンガのように、メリハリの利いた起承転結で、読後すっきり清涼感!というわけではありません。明確に結末が描かれていない回もあります。しかし、恐らく中高年以上、家族を持って、まぁ、いろいろ面倒見る人の数が増えて、日々持ち場で悩み、奮闘している人たちは、心に刺さるエピソードがちりばめられていると思います。そのとき、そのときの読者の年齢や家族状況によって、響く言葉が違うでしょう。また数年後に読み返してみると、桑田判事のどの言葉に心が響くのか検証してみると面白いかもしれませんよ。おススメ!

。。。というか、その昔、片岡鶴太郎さん主演でドラマ化されたの覚えている人いますよね?この大貫妙子さんの名曲・春の手紙が主題歌だったんですが。。。どうでしょう?笑

「家栽の人」から君への遺言 佐世保高一同級生殺害事件と少年法
作者:毛利甚八
出版社:講談社
発売日:2015-10-13
  • Amazon Kindle

 原作者の作家・毛利甚八さんが少年法をテーマにした本を出版されたようです。体調を崩されているなか執筆されたようで、並々ならぬ想いがつまってそうな本です。

イリヤッド 1―入矢堂見聞録 (ビッグコミックス)
作者:東周斎 雅楽
出版社:小学館
発売日:2002-12-25
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 作画を担当されたのは魚戸おさむさん。魚戸さんのもう一つの人間ドラマの名作といえば、この『イリアッド』。研究成果捏造の汚名を着せられた考古学者・入谷がアトランティス大陸の謎の解明に挑戦する話。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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