ゴキブリと闘う漫画じゃないんです。じゃあ彼らは何と闘ってるのかって?それはね・・・人気漫画に対する大いなる誤解を解く『テラフォーマーズ』

MIUMIU2015年10月29日 印刷向け表示
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「誤解です!!・・・そんなつもりじゃ!?」なんて漫画や小説では頻出する定型文みたいな台詞だが、実際の日常生活で口にすることはほとんどないだろう。

学生時代、ラッパーとしてクラブでよくステージに立っていた。丸坊主で、深夜でもサングラスをかけて、ズボンは思いっきり落として腰ではいていた。ちなみにあまり知られていないがラッパーが腰でズボンをはくのは、銃を持っていることをアピールする威嚇のためのファッションが起源である。
体重は100キロくらいあった。あえて太っていた。多くの人はラッパーが怖い存在だと思っているうえに、そんな格好だったから、身内以外にはいつも気をつかわれていた。同い年の友達からはだいたいなぜかクン付けで敬語で呼ばれていた。正直少しだけいい気になっていた気もする。
それでも、実際に会話をすると「意外にいい人なんだねー」なんて言われて悪い気はしなかった。今から思えば、会話をしていなかったほとんどの人からは「悪い人・怖い人」と思われていたというのに。若気の至りにしても恥ずかしい。そんな威嚇めいた誤解を招く態度を続けていくうちに、ある事件がきっかけでネットが炎上し、実名でさらされた。食欲もなくなり、当時100キロ以上あった体はみるみるうちに90キロを切ってしまった。ネットが炎上すると脂肪も燃焼するとはよくぞいったものだ。当時はストレスで夜しか寝られないし、食事も一日4回まで減っていた。

本当はそんなつもりじゃないのに、ちょっとした言動が原因で、自分の意図とは全く違う印象を周囲にもたれてしまう。そんな経験が、もしかしたらあなたにもあるのではないだろうか。単なる誤解といって片付けるのは簡単だが、職場や学校でのトラブルの原因はほとんどが、そのちょっとしたボタンの掛け違いだったりするから気をぬけない。

前置きが少し長くなってしまったが、今回はある有名な漫画についての不幸な誤解を解きたいと思う。その漫画とは現在ヤングジャンプで連載中で、2016年には映画化が決まっている大人気漫画『テラフォーマーズ』である。この作品のファンに、この漫画がどういう作品か説明を求めたらおそらく8割以上の人がこう切り取るだろう。「未来の世界、火星でさまざまな昆虫パワーを身につけた宇宙飛行士たちが巨大に進化したゴキブリと闘う漫画だよ」と。もっとも短く言うとしたら「ゴキブリと闘う漫画」である。2011年の開始当時から一貫して「ゴキブリと闘う漫画」として語られ、その設定のインパクトや迫力で人気を獲得してきた漫画である。だから何も間違ってはいない、ゴキブリは出てくる。ゴキブリとは闘う。

( 橘 賢一 『テラフォーマーズ』2巻 )
しかし、この語られ方こそが、本作品にまつわる最大の不幸な誤解といえる。事実、15巻まですすんできている今の状況では、登場人物たちは、ゴキブリとの戦い以上に、人間どうしや得体の知れない存在での戦いを激しく繰り広げている。
ネットの評判などをみると、一部では「最近は全然ゴキブリと闘ってないからつまらない」という批判もみられる。
しかし、あえて言おう。この漫画のなかの登場人物たちが闘っている対象はゴキブリではないのだ。このことは主人公の燈の台詞を通じて、物語の冒頭で語られている。外国のマフィアに騙された燈が、地下格闘場で熊と素手で闘わされるはめになる。そのとき、これから起きるであろう残酷なショーに期待する観客たちに対して、絶体絶命の状況下で、燈は拳を握りしめてこういうのだ。

( 橘 賢一 『テラフォーマーズ』2巻 )

「観客ども・・・沸けィ!今からこの絵に描いたような理不尽を、たたき潰す!」

この台詞こそが作品の骨子であり、著者の心からの叫びでもある。海外の地下闘技場で熊とたたかうという状況だけでもそうとうな理不尽・不条理だが、彼やその友人たちを襲う理不尽は作品のなかで加速をきわめていく。原因不明の病気にはかかる。恋人は死ぬ。友人も目の前で死ぬ。スピード感とハッタリの効いた大胆なコマ使いで迫力満点なバトルシーンはこの作品の魅力の一つだが、そのバトルのなかで、どんどん仲間たちが死んでいく。その仲間たちも難病の家族を支えていり、仕事で失敗して自分のプライドを賭けていたりとか、いろんな深刻な人生を抱えているのだが、どんどん理不尽に死んでいく。そりゃそうだ。深刻じゃない人生なんてないのだから。あげくのはてにそんな絶望的な状況下で、仲間だと思っていたはずの連中もどんどん裏切っていく。それぞれの深刻な理由で。一番裏切られたくないキャラクターも当然のように主人公たちを裏切っていく。そもそも物語の設定が理不尽だ。火星にいって巨大化したゴキブリと闘わなくてはいけないなんて。

「ゴキブリ」を物語の核においたことは、たしかに誤解のきっかけとなったことも頷けるほどに秀逸だ。ゴキブリほど我々人間のそばにいるのに理解不能な存在もいない。なぜそこにいる?なぜそこまでして死なない?なぜそんなに増える?なぜ飛べる?ゴキブリは現実的な意味で理不尽の象徴だ。しかし、このゴキブリについて語るときに昆虫のように複眼的な視点を持てば別の理不尽が見えてくる。この構造もまた物語のなかで、台詞として語られている。

「お前、自分ちの台所でゴキブリ見つけたら拾って食うのか。食わねぇだろ。でもブッ殺すだろ。冷静に考えたら何で殺す必要があるのかもわかんねぇだろ。それでも全力でブッ殺すだろ。」

ちなみにヒロインのミシェル先輩の台詞です。秀逸か。そう、ゴキブリからしてみれば、人間こそが理不尽の象徴なのだ。現実の世界で、人間に教われるという生物種として運命づけられた理不尽と向き合うゴキブリたちが、この物語の世界では、人間に対して理不尽の象徴として襲いかかってくる。

そう、テラフォーマーズで描かれているのは、人間とゴキブリの戦いではなく、理不尽な状況に対する人間の戦いなのだ。そこが火星でもあきらめない。ゴキブリが巨大化していてもあきらめない。仲間が裏切ってもあきらめない。もちろん人生はそもそも理不尽なものだ。人は闘って生きるしかない。あきらめるのは勝手だが、その先に成功も感動も幸福もない。あきらめたって理不尽な状況はいつでも起こりうる。親はいつか死ぬのではない、いつでも死ぬのだ。恋人も妻も去っていくことはある。おそらくそのとき、理由はない。表面的に語られることなど無意味だ。ゴキブリはいつどこから現れるかわからないし、なんでこんなに気持ち悪いのかもわからない。そんな人生に頻出する理不尽との戦いを極限まで煮詰めてデフォルメして描いたのがこの作品なのだ。だから舞台は火星で、敵は巨大なゴキブリだけど、それでもこの作品はあなたの物語といえるのだ。ゴキブリ怖い、バトル漫画苦手、絵が嫌い・・・。読まない理由はいくらでもあるだろう。それでも読んでみれば、そこにはきっとあなたがいる。理不尽と闘う物語の理不尽なほどの魅力を味わってほしい。

「俺たちに降りかかる理不尽な災いに対して決着をつけるために、必ずこの悲しみの元を絶つ」

世にまつわるすべての不毛な誤解が解けることを願う。
 

テラフォーマーズ 14 (ヤングジャンプコミックス)
作者:橘 賢一
出版社:集英社
発売日:2015-08-19
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