『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』これ以上ありえない冒険なんて、ありえない! 絶対にっ!

塩田 春香2015年11月12日 印刷向け表示
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冒険歌手 珍・世界最悪の旅
作者:峠 恵子
出版社:山と渓谷社
発売日:2015-09-18
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人生がひっくり返るような苦労をしてみるのだ!

シンガー・ソングライターの峠恵子さんは、家族にも友人にも仕事にも恵まれて、何一つ悩みのない人生を送っていた。ところがある日、心の中に恐怖が生まれる。

「このままでいいわけがない」

私の最大の弱点――。それは「苦労を知らない」こと。その最大の弱点を不意に突かれてしまえば、きっと私はガラガラと音を立てながら脆く崩れ落ちてしまう。

そんな時、偶然目にした雑誌の小さな記事が、峠さんの人生を一変させた。

日本ニューギニア探検隊 2001 隊員募集

それは「ヨットで太平洋を渡り、ニューギニア島の川をボートで遡上し、オセアニア最高峰カルステンツ・ピラミッド北壁の新ルートをロック・クライミングで世界初開拓する!」という、命の危険を伴う本格的な探検だった。

ヨットの操舵はもちろん登山経験もほとんどなかった峠さん。探検隊員になるためにスポ根ドラマばりのトレーニングを始める――かと思いきや、この参加動機を記した短いプロローグのあと、本文1ページ目にはいきなり油壷を出港してしまうのである。展開、早っ! 

探検隊のヨット「チャウ丸」見取り図。

探検隊は3人(早々に脱落した1人を除く)。藤原一孝隊長は数々の初登攀記録を持つなど、冒険スキルは一流。一方で新宿高層ビルの外壁を素手で登って世間を騒がせたこともあり、火事ですべてを失ってこの探検に挑んだ、一癖も二癖もある人物だ。あとは峠さんと、大学生のユースケ隊員。

ペットボトルを溶接して作った尿瓶「Keikoスペシャル」。

さあ、さわやかなセイリングの始まり……という期待は見事に裏切られ、出港するなり、本書は船酔いによるゲロとおしっこの記述にまみれ始める。(そしてこの2つは、「通奏低音のように」本書の最後までつきまとうのである。)

さらには、やっと小笠原にたどり着きそう!というところで、まさかの海上保安庁に救助されるはめに。まだ本文が始まって10ページである。この本、366ページもあるのに、である。

そして七転八倒の末、1か月半ほどでニューギニアにたどり着くのだが、「マンベラモ川を遡上しカルステンツ登攀」という計画が、現地の治安問題で迷走。誘拐される危険をおして、現地ガイドを雇い、一行はボートで川を遡上。ここでも「あの問題」が著者を悩ませる。

おしっこも一苦労。私はスピードを緩めてもらって、ボートにしがみつきながら(川に)下半身を突っ込んでやっていた。この川にピラニアがいないのは幸いだった。

しかしその次のページで

突然、ワニ出現。

ピラニアいなくても、ワニいるじゃん、ワニ、ワニ!! と読みながら心で絶叫。同じページで蚊の大群に襲撃され、2ページ進むと今度は丸木ボートに乗った現地人たちに弓矢で襲われて危機一髪。ノンフィクションのはずなのに、1行先すらまったくよめない! 

弓矢で襲われる。これ、写真撮ってる場合なのか?

ナンセンス・ギャグ漫画をはるかに超える衝撃の現実は続く。ジャングルで出会った、みぞおちに大きな傷のあるおじいちゃん。昔の戦で矢が刺さった痕だという。

その当時の戦では、逃げ遅れた者は敵に殺されて食べられた。ということは、彼らはいわゆる「人食い部族」!(中略)「人間のどこがおいしかったんですが」と聞くと「くちびるだ」との答え。歯ごたえはたまらなく、みんなで取り合いになったそうだ。

ぎゃーっ!! もう、川口浩探検隊(R35?)も真っ青である。  

元・人食い部族。身長約140㎝。

だが、珍道中はこれでもまだ序の口。さまざまな部族、めずらしい食べ物、想像を絶する虫の大群……ジャングルでの未知との遭遇からは、探検の興奮が生き生きと伝わってくる(けど、できれば体験したくないことも、多い)。

ダニ族の美人。頭にかけた網バックに野菜から赤ちゃんまで入れて持ち歩く。
藁で編んだ超ミニスカートの女性用民族衣装。
こうもりのスープは、ゼラチン質の羽がコラーゲンたっぷりで「ちゅるんとおいしい」。

ところで、肝心の山はどうなったのか? その命からがらの顛末はぜひ本書を読んでみてほしいのだが、この日本ニューギニア探検隊、途中で「旧日本兵の遺骨収集」を行ったあと、なぜか唐突に「絶滅したタスマニアン・タイガー(フクロオオカミ)捜索隊」になってしまった。

植村直己さんなどからイメージされる「ストイックに目標を達成する探検」とは、あまりにもかけ離れている。違う。違いすぎる。なんかおかしいけど、それでいいのか?

結果、大学生のユースケ隊員が愛想をつかして、一人飛行機で帰国。じつは彼こそ、ある著名な作家の若き日の姿であったのだが、この旅はあまりに黒歴史だったのか、氏のプロフィールから省かれていた、らしい。(本書巻末には、峠さんとの対談が掲載されている。)

じつは本書は絶版になっていた『ニューギニア水平垂直航海記』(2004年)に加筆されて再び日の目を見たもので、元の本も椎名誠氏や高野秀行氏(本書では解説を担当)らに絶賛されていた。しかし今回加筆された後日談を読むと、なんと帰国してからのほうが、著者の人生は波瀾万丈だったのだ。

『ニューギニア水平垂直航海記』は、晴れやかに油壷へ帰港せんというところで終わっていた。が、この直後にとんだアクシデントに見舞われたうえに、とんでもない人物が隊長を出迎えに訪れる。保証しよう、どんなに想像力豊かな小説家だろうと、絶対にこんな展開は思いつかない!

ここまでネタをてんこ盛りに披露してしまうと、「あらすじがわかっちゃったし、本は読まなくてもいいや!」と思う人もいるかもしれない。でもそんな心配は一切ご無用! ここで紹介できたことなど、本書のごくごく一部なのだから……。

運よく生還できたからよかったものの、国際問題にもなりかねない行き当たりばったりの行動に、共感できない読者もいるはずだ。かく言う私も発売前から予約してレビューを書こうと待ち構えていたのに、読んでみたら強烈すぎてショックで絶句。いまだに消化不良で、2か月も放置してしまったことを、ここに告白しておく。

ただ……峠さんは望み通り、探検で「人生がひっくり返るような苦労」ができた。だからこそ、その後の「まさかの、あんなこと(本書参照)」や「信じられない、こんなこと(本書参照)」まで乗り越えることができたのだ。

「事実は小説よりも奇なり」――小説でもありえない、1行先もわからない。それが、冒険ノンフィクションの醍醐味だとしたら。これ以上「ありえない」冒険なんて、ありえない!ーーと、つくづく思う次第である。

※写真やイラストは出版社にご提供いただきました。

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