『人間・始皇帝』

出口 治明2015年12月10日 印刷向け表示
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人間・始皇帝 (岩波新書)
作者:鶴間 和幸
出版社:岩波書店
発売日:2015-09-19
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中国の歴史を学ぶたびに、始皇帝の偉大さがよく分かる。世界に先駆けて郡県制と呼ばれる中央集権国家を樹立し、法治主義・文書行政のもとで官僚を使いこなした。現在の中国も、所詮は始皇帝のグランドデザインをベースとして運営されている気がする。では、始皇帝とは一体どのような人物だったのか。これまでは、始皇帝について学ぼうとすれば司馬遷の史記に頼るしかなかった。漢の武帝の時代に書かれた史記は、始皇帝を貶め武帝を顕彰する固有の癖を有している。「秦皇漢武」という言葉があるように、2人はライバルだったからだ。本書は、近年になって地下から発見された竹簡や簡牘(ふだや板)などの始皇帝の同時代資料を読み解きながら、人間・始皇帝の実像に迫ろうとする力作である。

冒頭から、常識が覆される。始皇帝の姓名は趙政ではなく趙正であったらしい。13歳で秦王に即位した趙正は、成人して嫪毐の乱に遭遇するが、果断に対処する。彼の背後にいた呂不韋も失脚し、趙正は親政を開始する。刺客荊軻による暗殺未遂事件が起こるが(正確に述べれば、趙正を暗殺しようとしたのではなく威嚇して土地を取り戻そうとしたのである)、これを斥けた趙正はついに天下一統を成し遂げる(統一という言葉は秦の時代には使われていなかった)。社(土地神)稷(穀物神)を亡きものにすることが、当時は国家の滅亡を意味したのである。一統の翌年から始皇帝は5回にわたる巡行を開始する。泰山では封禅に挑み、東方の山川祭祀の重要な場所に巧みに7刻石を立てた。封禅は、黄帝以来の伝説の君主が行ってきた祭祀であって周の成王以来途絶えていたのである。軍事ではなく祭祀を通して統一事業を浸透させていこうというのが巡行の真意であった。

次は蛮夷との関係である。始皇帝は匈奴、南方の百越との南北同時戦争に踏み切る。一統から6年続いた平和は終わったのである。今度の戦争は、群県化した帝国を外の蛮夷から守ることが目的であった。万里の長城を築き直道を整備、運河を建設して番禺(広州)の港に出た。焚書阬儒は戦争批判の言論封じであって、始皇帝は孔子同様、君臣父子の秩序を大切にしていた。阬儒という言葉を用いたのは、すでに儒家が王朝国家の学問の中心に置かれた東漢の人々であった(史記では「術士を阬にする」と書かれている)。

不老不死を求めた趙正にも死は訪れる。「趙正書」と呼ばれる竹簡によれば、死に臨んだ始皇帝は御前会議で胡亥を指名したという。史記とは全く異なる世界だ。おそらく、長子扶蘇と末子胡亥をそれぞれ支える勢力の対立があったのだろう。史記は前者の敗者の立場に立ち、宦官の趙高や丞相の李斯らが偽詔を作成して(始皇帝が遺詔で指名した)扶蘇を自害させ胡亥を二世皇帝に擁立したと記した。おそらく、これからも竹簡等が発見される度、歴史は書き換えられていくのだろう。盗掘されずに原初のまま残っていることがほぼ確実視されている広大な地下宮殿に眠る始皇帝は、いつか目覚める日が来るのだろうか。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 
世界史の10人
作者:出口 治明
出版社:文藝春秋
発売日:2015-10-31
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