『ありえない生きもの 生命の概念をくつがえす生物は存在するか?』 訳者あとがき

白揚社2015年12月18日 印刷向け表示
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ありえない生きもの―生命の概念をくつがえす生物は存在するか?
作者:デイヴィッド・トゥーミー 翻訳:越智 典子
出版社:白揚社
発売日:2015-12-18
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あまり科学的でない個人的なエピソードから、始めさせてください。

五年前、わたしは父の臨終に間に合いませんでした。明け方、宿直の若い医師からの電話でたたき起こされ、母とタクシーで駆けつけた時は、すでに息を引き取ったあとでした。病室に飛びこんだわたしは、気持ち良さそうな父の寝顔に、もちなおしたのだと、ほっとして、静かに枕元に向かおうとしました。背後で聞こえた「間に合いませんでしたね」という医師の言葉が信じられず、勘違いでしょう、ほら、と言うつもりで、父の鼻の下に手をやりました。その瞬間、わたしは父の死をさとりました。

息をしていなかったから、ではありません。母が父の手を握り、「まだ温かいのに」とつぶやいたので、冷たくなっていたわけでもありません。よくわかりませんが、父の皮膚に触れた途端、わたしは何か直感めいたもので、命のないことを感じ取った気がするのです。その時の衝撃を、うまく言い表す言葉が見つかりませんが、忘れられない感覚です。生と死の境目が、こうも曖昧に思えるのに、命の「ある」と「ない」との隔たりは、戸惑うほど大きく感じられたのでした。

誕生や臨終に立ち会うと、誰もが命の不思議さに心揺さぶられずにはいられないでしょう。これが回数を重ねても変わりないのが、また不思議なところです。毎晩、眠ってしまうとそのまま死んでしまいそうで、眠るまいと無駄な抵抗をしていた子どもの頃から、何十年もたった今も、生きているとは何なのか、命とは何なのか、わからなさ加減がちっとも変わりません。命としか呼びようのないものは、確かにあるように思います。けれどそれがどういうもので、どこからやってきて、わたしたちを生かし、どこへ消えてしまうのか、数々の宗教が答えを出しているのかもしれませんが、万人を納得させる答えを聞いたことがありません。

そして、「生命とは何かを延々と論じた本」と要約してもいい本書を読むと、どうやら科学者にも、まだ生命とは何かがわかっていないようなのです。じつは生物を定義すること自体、むずかしそうです。今も人によって生物にされたり無生物にされたりするウイルスのような存在があります。生物なのに定義によっては無生物にされかねない不妊の雑種とか、下手な定義では鉱物の結晶も生物に入りかねないなどという議論を訳していて、面白いと思ったのは、科学的に模索される定義を判定する基準が、どうやら人びとの直感らしいという点です。

ならばその直感を科学的な基準にできないものかと思うのですが、そういう話にはならないようでした。わたしが父の死を受け入れたような直感が、いったいどこからくるのか、どうやらまだ科学的に解明されるには至っていないということなのかもしれません。

生命とは何かを論じた本を読むたびに、結論がなくてがっかりした、という読者で、まず本はあとがきから読むという方がいらしたら、ここで、これも結論なしか、と本書を放棄しないでいただきたいと思います。結論はなくても、研究の進展はまぎれもなく、あったのですから。

ここ数十年で地球上の生命の起源に迫る発見がいくつもありました。生命観を変えてしまうほどの知見ももたらされました。遠く宇宙の先での発見もあれば、地球上の深海での発見もあります。深海の熱水噴出孔とその周辺に生息する極限環境生物の話は、ずいぶん注目を集めたので、ご存じの方も多いでしょう。

最新の研究成果だけでなく、発見の経緯など、程よく盛りこんで楽しい読物に仕上がっているあたりを、ぜひお読みいただきたいと思います。また、地球の生命は宇宙から来たというパンスペルミア説は、大学生のころに聞いたときは、肝腎の生命の起源という問題を棚上げにした詐欺みたいな説に思ったものですが、本書を読むと、地球上の生命は宇宙で生まれたという可能性がかなり高まっているらしく、驚かされました。

本書のいくつかの部分では、生命論から離れて、先走り過ぎの印象をもたれる読者もあるかもしれませんが、これまた何年かすると、パンスペルミア説みたいに、生命論から外せないものになるのかもしれません。本書でくわしく論じられる地球外生命も、いないと思われた時代があった、などと書かれる日も来ないとは言い切れません。

著者のデイヴィッド・トゥーミーはアメリカ合衆国のマサチューセッツ州立大学アマースト校の英文学科の准教授として、プロフェッショナル・ライティング&テクニカル・コミュニケーション課程のディレクターを務めています。

著者は、生命とは何かを論じる上で、生物はどこまで極端になりうるか、さらにはわたしたち「ふつうの生物」とはどれだけ異質な生物がありうるかを、じつにさまざまな分野を逍遥し面白そうなものを見つけては、筆に任せてと言いたいくらいの勢いで書いています。

この幅広い目配りは、著者が科学分野の専門家でないからこそ可能だったことかもしれません。少なくともSF界の奇想天外生物にまるまる一章をあてて、スター・トレックやスタニスワフ・レムの名前まで出してしまうという、うれしい書きっぷりはこの著者ならではでしょう。

ただ、やや筆の勢いが過ぎたというか、正確さがおろそかになってしまった部分が散見されました。インスリンの生合成や細胞分裂におけるDNA複製については、著者の許可を得て、なるべく原文に沿った形で、現在の生物学の知見と矛盾しない内容に修正させていただきました。その他の分野、ことに物理については編集部に頼り、物理分野などに強い方に確認をお願いしました。

最後に、トゥーミー氏からのメッセージをお伝えしましょう。「本書を日本語で読んでいただけるのは光栄です。わたしがこの本の執筆を心から楽しんだように、日本の読者のみなさんに楽しんで読んでもらえるとうれしく思います」

姓の読みを「you me 」と韻を踏む、とわかりやすくチャーミングに教えてくれた著者らしい、お茶目な文が、本書のところどころにちりばめられています。生命とは何かという思索をめぐらしつつ、時おり、ふっと笑みをもらしながら、本書を楽しんでいただけますように。  

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