みかん ✕ 女子高校生 ✕ 相対性理論 =『放課後ミンコフスキー』。お正月は、こたつに引きこもって甘酸っぱい時間旅行を。

森 旭彦2015年12月25日 印刷向け表示
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こたつの上に、ざるいっぱいに入ったみかん。窓の外には雪がしんしん――。この風景を想像するだけで、「ほっ」と温かい気持ちに包まれる。

クリスマスが終わって街のイルミネーションが片付き始める頃、「そういえば最近帰ってないな」と、お正月休みを使って実家へ帰る。慌ただしい帰省ラッシュをくぐり、東京のコンクリートジャングルを抜け、どこか寂しく、物悲しいような冬の車窓を見つめる視線はかつての通学路に重なる。光よりも速く、くすぐったいような中高生の頃の思い出がフラッシュバックする。時間とは、本当に相対的なものだ。高校生の時に抱えていた将来への不安、自らの存在への定義、恋愛の苦悶が隣の机の出来事のように思い出される。帰省とは、時間旅行なのだ。


「変わってないなあ」地元の風景を目に、いつの間にかベタなドラマで見たようなセリフを口にするようになった。靴のサイズは変わっていないけれど、大人になってずいぶん経つ。子どもの頃の記憶ばかりが残響する家の玄関をまたぐと、家族から歓迎を受ける。

「ただいま」
「おかえり」

こたつに入って体を温めていると、神社の行事やらの仕事を終えた父が帰ってくる。「おれもそろそろ、家のことを考えないとなあ」と、何気ない会話をしていると、大掃除に一区切りをつけた母もこたつに入り込んでくる。みな、テレビをBGMにしてみかんを手に取る。


「お前、薄皮もいっしょに食べんのか? しばらく見ないうちに変な食べ方するようになったなあ」と父。父が薄皮は“出す派”だ。次は「みかんの皮はもっとお皿みたいに剥かなあかんのよ」と母。その他にもおしり(みかんの下側)から剥くのが正しいだの、ふたつに割ってそのままかぶりつくのは下品だの、ビタミンがたっぷりだのと、気づけばみかんを囲んで、みかんについて話してる。


久々の帰省、共通の話題などそんなに多くはない。みかんはそんな家族の隙間を、甘酸っぱく埋めて、こたつの温かみを心にまで伝える。今はもう失われつつある情景なのだろう。「こたつでみかん」は、まさに日本の家族におけるB級無形文化財だ。今年の年末年始は実家で「こたつでみかん」しながら、時間旅行をテーマにした青春マンガを深読みするなんて、おひとつどうでしょう?

冒頭ではしばし文学的な私的時間旅行として帰省を書いてみた(実家に帰りたくなった方、ぜひご両親に久々に顔を見せてあげてください)が、『放課後ミンコフスキー』で描かれるのは極めて物理学的な時間旅行だ。もっとも、こたつとの調和度100%のみかんがきっかけなのだが――。

『放課後ミンコフスキー』第1話より


主人公・露木亜子(つゆきあこ)は都立高校への進学を控えていた、ごく普通の東京の女の子。ある時、中学を卒業した友人たちと神社で遊んでいた。それは“最後の缶ケリ”。彼女らは高校進学を前に、自らの少年・少女期に小さな別れを告げようとしていた。

亜子が缶ケリの最中に神社のお堂の中に隠れていると、暗がりの中、右手にみかんが触れた。その瞬間、亜子は4年後の未来にタイムスリップしてしまう。昔で言うところの「神かくし」に遭ってしまったのだ。4年後の未来では、いっしょに高校へ進学するはずだった仲間たちはもう大学生。亜子の両親は離婚しており、

長く暮らした家には他人が住んでいた。高校生活への期待を胸いっぱいにしていた普通の女の子・亜子は突如「行方不明だった女の子」になってしまった。失意の中、父親の実家である愛媛で暮らすことになった亜子は、今治矢田高校へと進学し、過去へ戻る方法を探し始める――。

過去への時間旅行を可能にする「ワームホール・タイムマシン」

さて、本書はタイムトラベルや相対性理論がストーリーに大きく関与してくる。作中では登場人物が解説を入れるが、背景知識として、これらが解説されたノンフィクション等を併せ、自分なりに“こじらせながら”深読みするのをぜひオススメしたい。


たとえば本原稿でも参考文献として使用している『Newton タイムトラベル: 最先端の物理学で検証する 未来や過去への旅は可能か? 歴史はかえられるか?』や、佐藤勝彦 監修の『「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界』などと一緒に読み進めると、楽しさも倍増する。そうした知識はクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』の二度見にも十分効果があるので、時間があるお正月には本当に最適だ。

 さて、ここで時間旅行についての基礎的な解説をしておきたい。そもそも時間旅行は未来へ行くのと過去へ行くのとでは方法が異なる。また、タイムトラベルには諸説あるため本レビューでは、あくまで『放課後ミンコフスキー』の理解のために必要なものについての解説にとどめる。

まず未来へ行くには、アインシュタインの『特殊相対性理論』が鍵になる。同理論では、「物体は光速に近づくと、時間の流れが遅くなる」と説明する。たとえばあなたが、光速(秒速約30万キロ)の99.995%まで加速できる宇宙船に乗り込んだとしよう。そして、その宇宙船で1年間ほど宇宙旅行へ出かけるとする。特殊相対性理論に従うと、旅行の時間はあなたにとっては1年間でも、あなたが地球に帰ってくる頃には100年間が経過していることになる。

いろいろと問題が多い東京オリンピックもとっくに終わって3回目が開催されているかもしれないし、サクラダファミリアだってとうの昔に完成している。宇宙船の中の時間の流れが外の時間とくらべて遅くなることで、未来へ行ってしまうという時間旅行だ。

こうしたことは馴染みのない絵空事のように思えるが、自然界では日常的に起こっている。素粒子「ミューオン」の振る舞いがそうだ。地球には宇宙から様々な放射線「宇宙線」が降り注いでいるが、その宇宙線が地球の大気にぶつかることで、ミューオンが生じる。そのミューオンの寿命は100万分の2秒程度。生まれてもすぐに崩壊してしまう素粒子だ。


この寿命であれば、普通に計算すればミューオンは1キロ程度しか進むことはできない。しかしミューオンは、この寿命のうちに十数〜数百キロもの距離を移動し、地上にも到達している。ミューオンが光速に近い速度で加速されているために、外の時間の流れから遅れ、未来へと時間旅行をすることで、地上に到達しているのだ。

こうした未来への時間旅行の原理は、SFなどでも比較的おなじみだ。その一方で『放課後ミンコフスキー』でテーマとなる、過去へ行くための時間旅行はやや認知度が低い。過去への時間旅行には、時空のトンネル「ワームホール」をつかったタイムマシンで行くことが、あくまで理論的には、可能だとされている。ワームホールとはいわゆる「どこでもドア」だ。どこでもドアは、よくよく考えてみると非常に不思議な特徴を持っていることに気づかされる。あれは1枚のドアに見えているが、使用時には必ずこの世界に2枚存在しているかのように見えなければ成り立たない。


たとえば、あなたが自分の部屋で、あなたの1メートル先に移動したいとしてどこでもドアを使うと、その部屋にはあのピンクのドアが2枚存在するように見えることになる。あなたがくぐるドアは1枚でも、入る方(ドアA)と出る方(ドアB)それぞれ1枚ずつのドアがあり、第三者から見ると、あなたは、その間の空間をすっとばして移動しているように見える。ワームホールの原理はこれとまったく同じである。どこでもドアは、まさにワームホールのメタファーなのだ。
こうしたワームホールの存在が一般相対性理論と矛盾がないこともまた、アインシュタインらは論じていた。

さて、ではこのワームホールを使ってどのようにタイムマシンの作るのかを話そう。さきほどのどこでもドアを思い出して欲しい。まずあなたの自室には、どこでもドアが2枚あって、それぞれがつながっている。この2枚のドアの間に時間差があれば、それはタイムマシンになるのだ。
いくつか方法はあるのだが、ここでは2枚のドアのうちドアBを、光速に近い速度(光速の99.995%)で宇宙に向けてぶっとばす。そしてほぼ光速の宇宙旅行をさせたドアBをふたたび地球のあなたの自室に戻す(あくまで理論上。実際に技術的にそんなことをしたら自室もろとも大爆発したりいろんなことが起こるだろうが無視してほしい)。この往復運動を(ドアBにとって)仮に3年間としておこう。特殊相対性理論によって、ドアBに流れる時間は外の世界から比べて遅れ、未来へ時間旅行をする。


ドアBが自室に帰還したとき、ドアBにとっては3年間の往復運動でも、あなたの自室とドアAに流れた時間は、300年になる。ドアAとドアBの間には300年マイナス3年間の時間差が生まれるのだ。しかし2つのドアはもちろんつながっているので、300年後の自室で、ドアBからドアAに入れば、300年マイナス3年前の自室へとタイムスリップすることができるのだ。

 亜子と過去をつなぐみかん

こうして理論的にはワームホールによって過去への時間旅行は可能となる。しかし、ここまで話しておいて残念なのだが、ワームホールは誕生した瞬間に つぶれてしまうとされている。そこで安定させるためには、反重力的な作用をする「エキゾチック物質」を注入する必要がある。『放課後ミンコフスキー』で は、その物質が、神社で缶ケリをしていた時に亜子が掴んでしまった、みかんというわけなのだ。

 『放課後ミンコフスキー』第18話より
 
 
4年後の未来で高校生になった亜子にも友達ができる。アイドルを目指す橋本空美、青春を科学に捧げる高科間由里だ。空美は「頭の中がお花畑」と表現されているが、とにかく元気なムードメーカー。かわいくて、理屈じゃきかない女の子だ。男子が完全に振り回されそうな女の子であり、当然胸は大きい。 

 

『放課後ミンコフスキー』第20話より


間由里は「ミンコフスキー空間」に魅入られた、物理大好き少女。教室にひとりくらいはいた、理屈っぽくて自分だけのマニアックな世界観を持ったモテない女の子キャラだ。
亜子はふたりに自らのタイムスリップを告白し、3人で過去へと戻る方法を考え始める。

 『放課後ミンコフスキー』第20話より


彼女らが調べてゆくと、かつての今治矢田高校にあった物理部の謎が浮上し始める。最後の部長・戸村雅一は原因不明の失踪を遂げ、なんと物理部の倉庫にはタイムマシンが残されていた。みかんジュース「BONジュース」の効果によってもたらされるタイムスリップの謎が次第につながり、3人を導いてゆく。

しかし、ワームホール・タイムマシンをつかって過去に戻るのであれば、先述したように、ワームホール・タイムマシンが過去に誕生していなければ、そもそも過去に戻りようがない。ワームホール・タイムマシンは、その誕生時以前には戻れないのだ。


つまり、仮に今ぼくたちがワームホール・タイムマシンをせっせとつくったとしても、それが宇宙で最初のワームホール・タイムマシンである限りにおいては、ぼくたちは江戸時代の歌舞伎を見に行くこともできないし、古代エジプト時代に行ってピラミッド建設を手伝うこともできない。未来人が今にやってこれるようになるだけである。これは一般相対性理論に基づいて考案されている他のタイムマシンのモデルでも同様だ。では亜子が神社でワームホールを通してタイムスリップして未来に行ってしまったのは一体どういった原理なのだろう? その続きは、本書の新刊を読んでのお楽しみだ。ちなみに本書は現在、ヤンマガKCより、4巻までリリースされている。

期末テストの後の突き抜けたように自由で青い空、突然起こる盗難事件、同級生からの露骨な嫉妬など、青春の果汁100%のイベントを共にしてゆく中で、3人の時間を超えた奇妙な仲は次第に深まってゆく。物語が進むにつれ、次第に空美と間由里は、亜子の過去への帰還は、亜子との別れであることにも気づき始める。この物語は、時間は伸びたり縮んだりするが、人間の心はそう簡単にはいかないことを考えさせられる。

時間旅行における「ただいま」と「おかえり」をつなぐ、みかんをめぐる青春物語。こたつで家族とみかんでも食べながら、みなさま、良いお年をお迎えください。

  

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 参考文献:『Newton タイムトラベル: 最先端の物理学で検証する 未来や過去への旅は可能か? 歴史はかえられるか?』,佐藤勝彦 監修の『「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界』

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