命を守る最後の砦「生活保護」。支援現場の最前線にある『健康で文化的な最低限度の生活』とは。

工藤 啓2016年01月07日 印刷向け表示
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健康で文化的な最低限度の生活 1 (ビッグコミックス)
作者:柏木 ハルコ
出版社:小学館
発売日:2014-08-29
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生活保護受給者数270万人、世帯数160万人を越えた。命を守る最後の砦であり、3兆円を大きく越える保護費総額に、生活保護を取り巻くひとびとの意見はさまざまだ。しかし、私たちの多くは生活保護受給者(世帯)の実態を知らない。本書『健康で文化的な最低限度の生活』は、新人ケースワーカ―たちの視点から生活保護に係る現場最前線を描き出す。

この漫画を手にしたとき、5年以上前に出会ったHさんのことを思い出した。中学時代にご両親を亡くされ天涯孤独、正社員として働いているも心身を壊し、転げ落ちるように路上生活に至った。彼は、私が初めて生活保護受給者の自立支援にかかわることになったきっかけをくれた方で、本文の最後にHさんとスタッフのやりとりを付記する。こうして人生はあっという間に変わっていくものだということがわかる。「自己責任」の一言で片づけることも、「怠惰」であると決めつけることもできない現実がそこにはある。

『健康で文化的な最低限度の生活』より

知識もない、経験もない、福祉の勉強なんてビタイチしてない主人公の義経えみるが、生活課に配属される。彼女は今まで生活保護とは無縁だった。彼女以外の新人には、福祉職で入ったやつ、頑なまでに理念やルールを順守しようとするやつ、母子家庭で、母親が必死で働く姿を見ていたがゆえに働かない人間を許せないやつまで、幅広い価値観を持つ人材が生活保護受給者とかかわっていく。

貧困や生活困窮という文脈で多くのケース(事例)がメディアを通じて流れてくるなか、この作品が読者を引きこんでいく理由のひとつは、個々の登場人物が、私たちの生活保護に対するさまざまな考え方、価値観を体現する鏡となっていることである。そして、この作品のもうひとつの魅力は、生活保護の事例の多様性だ。例えば、「これから死にます」と電話をかけてきた男性は自死する。誰もが本当に命を落とすと考えていなかった矢先の出来事だ。男性の部屋を訪れた義経が知ったのは、生きようとしていた人間が残した生活の痕跡だった。

『健康で文化的な最低限度の生活』より

いま、日本では貧困問題のなかでも、ひとり親家庭、特にシングルマザーの置かれた実態が明らかになってきている。シングルマザーの就労割合は先進国において非常に高い一方、その貧困レベルも高い。働いても、働いても生活が苦しいままなのだ。そんな出口の見えない生活のストレスは、当事者に自傷行為を誘発し、子どもたちに対する虐待などの形で現れる。

貧困は連鎖し、世帯をまたいで継承される。介護をしながらふたりの子どもを支え、パート収入と生活保護費で家計を賄っている一家は、なんとか暮らしも安定してきたところであったが、長男のアルバイトが課税調査の結果から発覚する。生活保護を受けていても、収入申告をすれば一定程度の収入が認められるが、申告がなければ不正受給になってしまう。

生活保護費は世帯単位のため、子どもたちがアルバイトをして得た収入の一部(申告した場合)または全部(不正受給)は返還しなければならない。親に頼るのではなく、自分のお小遣いは自分で稼ごうと始めたアルバイトが原因で、一家は瓦解の危機を迎える。

昨年、福島市で高校に通うための奨学金が収入とみなされ、母子家庭の生活保護費が市によって減額処分されたことが大きく報道された。最終的に、国が奨学金を収入と認めず、減額処分は取り消されたことがあったが、現実の社会でも既存制度が機能せず、子どもたちの未来が奪われていくことが日々起こっている。

『健康で文化的な最低限度の生活』より

働く意思や意欲を持ちながらも、うつ病にかかってしまう母子のケースも考えさせられる。一刻も早く生活保護から抜け出すためダブルワークをするも、副業禁止規定にかかり失職。彼女が抱えるさまざまなプレッシャーは、当事者でないとわからないほど強いものだ。

『健康で文化的な最低限度の生活』より

もちろん、現状から前進するケースも描かれている。このバランス感覚が本書の素晴らしいところである。大手の取引先の倒産により、生き残りをかけた設備投資の失敗、借金の積み上げ。従業員や知人、親族に迷惑をかけた自責の念。妻子との別れ。借金だけが残った人生を背負い込んで生きて来た男性は、債務整理の結果、返済は終わり(過払いが100万円ほどあった)新たな人生を歩み始める。

 

『健康で文化的な最低限度の生活』より

この『健康で文化的な最低限度の生活』を読むと、少し苦しい気持ちになるかもしれない。新人ケースワーカーと生活保護受給者が直面する認識と実態の違い、交錯する価値観、揺れ動く個々の心情などを理解すればするほど、自分なりの価値観やこたえを、その場で伝えられるか自問してしまうからだ。

いま、わたしはNPO活動を通じて生活保護家庭の子どもたちを、学習・生活の両面で支え、若者の家庭に訪問する活動をしている。本書にある「ケースワーカー」さんと連携し、保護者やご本人の同意を得た場合のみ、同行訪問を許される。実際に話を伺えば、本当に複雑な事情が絡み合って現在に至った話ばかりであることを実感する。

もちろん、日本の先行き、特に社会保障の在り方を考えれば、就労可能性のあるひとたちがひとりでも多く安定した生活を送ること、つまり、保護廃止に至ることが望まれるかもしれない。その一方で、ご本人や保護者などと直接話をすることで、少なくとも一足飛びで仕事に就くことは難しいと言わざるを得ない現実を認識している。しかしその可能性がまったくないといっているわけではない。

個別ケースの話になるが、ちょっとしたきっかけで復学したり、仕事に就く若者もいれば、数年単位で寄り添い、付き合っていくことが必要なこともある(こちらが圧倒的に多い)。逆に言えば、信頼関係を構築し、そのひとにあった時間をかけていけば、本人の希望の生活に到達できることも多々あるということだ。ただ、それはなかなか許容されない。

例えば、保護者と本人の同意を得て家庭訪問ができたケースのなかで、何度も何度も家庭訪問を重ね、ご本人の部屋にあがらせてもらい、遂にファミリーレストランで一緒に食事をすることができたことがある。私たちにとっては心から喜べる大きな一歩だ。本人にとっても勇気ある行動だったと思う(他者と外で食事をする経験がいつぶりかもわからないほどだ)。これを聞いてどう感じられるだろうか。

大いなる評価をしてくださるかもしれないし、外食するだけでなぜそんなに時間とコストをかけるのだだと憤られるかもしれない。これはひとつの事例に過ぎないが、だからこそ、世論を二分する生活保護というテーマを描いた本書を読んで、一緒に考えていただきたい。

最後に、上述したHさんの話を「若者が語る~Hさんの場合『6年の引きもりからの脱出』シリーズ若者」から抜粋する。

 

若者が語る~Hさんの場合「6年の引きもりからの脱出」 シリーズ若者
作者:特定非営利活動法人 育て上げネット
出版社:バリューブックス
発売日:2012-11-26
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身寄りがないHさんは、退職後、アパートすら借りられなかった。そして、公園で寝泊まりする毎日がはじまる。

井村:私は、十二年間、若者支援の仕事をしてきました。そのなかで、約千人の若者と出会ってきました。支援後に、結婚したり、子どもができたり、働いたりしている若者もたくさんいます。どの若者も、支援を受ける前は自分ではどうにもならない状態が続き、「なんとかしたい」という思いを共有して抱えていました。しかし、その状況に至った理由や背景はそれぞれちがうのです。

今日、お越しいただいたHさんは、とりわけしんどい思いをされてきた方だと、私は感じています。路上生活や生活保護受給などを経験された方です。正直に言ってしまえば、「どん底を見た」方なのだと思います。しかし、その「どん底」のなかから、一歩を踏み出す力が生まれて来たのではないでしょうか。Hさんは、現在、就労されています。

Hさん:私は、昭和四十五年生まれです。中学のころに両親を相次いで亡くしました。母方の親族がいなかったので、いったんは父方の親族に引き取られ、それから九州の児童養護施設に入りました。そこには高校卒業までいました。

もともと関東の出身だったので、高校を卒業してから、関東圏の自動車工場に入社して、こちらに戻って来ることになりました。その自動車工場には十二年間勤めました。そこでは、車のボディを成型する「プレス」という機械のメンテナンスを担当。正社員として、寮に入って生活していました。

働きはじめて十年くらいが経ったとき、過労に伴ってアナフィラキシーになってしまったんです。それに輪をかけて、精神的な病気にもなりました。それで、発作的な症状まで出るようになってしまい、会社に行けなくなることが多くなっていったんです。どうしたらいいのか自分でもわからないし、相談する人もいませんでしたね。

病気を発症してから二年後の二〇〇〇年に、いくらなんでも勤務状況が悪いということで、解雇されました。解雇されるということは、寮を追い出されるということになります。退職金だけはもらっていましたから、まず家を借りようとしました。ところが、まったく身内がいないために、家を借りることができないんですよ。誰か保証人がいないとダメなんですね。仕方がないので、持っている退職金を切り崩すようにして、カプセルホテルに泊まるようになりました。

昼間はどこかで仕事を探し、夜はカプセルホテルに泊まるという生活です。病気は治っていませんでしたから、精神科にも通っていましたが、そのうちにもらっていた薬が切れてしまう、お金もとうとう尽きてしまう・・・。

井村:健康保険証は持っていたんですか?

Hさん:会社を辞めたあと、住所が確定できなかったので、住民票も作れず、国民健康保険にも入れませんでしたから、病院代は全額自費で払っていました。ですから、一回精神科へ行くと、薬代も含めて六万円ぐらいかかるんです。こんな生活をしていたら、退職金もあっという間になくなってしまいますよね。それで、お金が尽きたあとは、路上生活をせざるを得ませんでした。

井村:関東のある公園で、路上生活をはじめたと聞いていますが、「もう、公園で寝るしかない。寝よう」と思ったときは、どんな感じだったんでしょう?

Hさん:公園で寝るようになったのは、秋ごろのことでした。最初は、「公園で寝たって、大丈夫だろう」という軽い考えだったんですよ。でも、一日、二日と立っていくと、体力が極端に落ちていくのがわかりました。その公園は、みなさんがイメージされるとおりの公園です。水飲み場があり、木がたくさん植えられていて、昼間は子どもたちが来て遊んでいたりするようなところです。そのわきで寝ていたわけです。でも、だんだん体が動かなくなっていきました。

お金がなく、病院にも行けないので、薬が切れる。すると、だんだん自分の意識が薄れていくんですよね。日数を経ていくと、子どもたちが遊んでいるときの声は聞こえるんだけれど、まわりが全然見えないんです。目は開いているのに、なんにも見えませんでした。真っ暗です。

十二月も中旬を過ぎると、体が限界になってしまって、「自分の人生はここで終わるんだな」と確信しました。「死にたい」わけではないんです。死にたくないんですけど、体が動かないし、お金もない。だから、薬もないし、食べるものもない。もうこれで終わったな。僕は両親のところに行くんだな・・・そう思いました。今、思い出してみても、あのときに、人生が終わったような感覚があります。

井村:僕が知っている当事者のなかに、若くしてホームレスになった人がいます。その人いわく、水だけで二週間ぐらいなら生きられる、と。でも、裏を返せば、二週間以上は生きられないということですよね。どこかで何かを食べなければならないわけです。「水だけで二週間を過ごしたら、どんな感じになるんですか?」とその人に聞いたんですが、「死ぬよりつらい」と言っていましたね。

Hさん:あぁ、それは同感です。本当に、自分が自分ではなくなっていくような感覚に襲われます。体中がパニックを起こしていて、「こんなにつらい目にあうんだったら、死んだほうがマシだ」と思ってしまうんです。

井村:僕は、そのときに、「動く気力すら出ないから、公園にいるしかない」という話をはじめて聞いたので、とてもびっくりしました。もし二週間も何も食べていない人が目の前にいるとしたら、僕としては何かしてあげたいと思うんだけれども、「知らない人から施しを受ける」ということは、その人のプライドを傷つけるんじゃないか、失礼になるかもしれないと思い、ためらってしまうでしょう。

こんなとき、いったいどうしたらいいんだろうと思って「もし、そういう人を見つけたら、どういうふうに食べ物をあげたらいいんだろう?」と、その人に聴いてみたんです。そうしたら、「くわしいことは話したくないだろうから、だまっていたとしても察してほしい。そして、忘れたふりをして何かを置いていってもらえると、受け取れるかもしれない」と言っていました。

Hさん:私の場合は路上生活が短かったのですが、ほかのホームレスの方から、余ったパンをもらったことがあります。でも、その人にはその人の暮らしがあるので、あまり甘えるわけにはいかない。孤独ですよね。

井村:そうですよね。「おなかが減って、身体的に苦しい」こともあるのでしょうが、「想像を絶するほどの孤独は、死ぬよりつらいんだな」と、僕は思いました。

市職員に保護されて、生活保護受給へ。働きはじめたものの不況に翻弄され、ひきこもり生活へ

井村:Hさんが、「ここで人生が終わるんだな」と覚悟したときに、助けがやってきたんですよね?

Hさん:そうです。「もう、そろそろ命が尽きそうだな」と思った三日後に、たまたま市役所の方から声をかけられました。「なんで、そこに寝ているんだ?」と聞かれたんです。私は、そのときには意識が朦朧としていたので、相手の顔もほとんど見えません。

「私は会社をクビになり、お金もなくなり、親も身内もいないし、精神科にも通っています。あなたが誰だかは見えないのですが、あなたの声を聞くのが精一杯で、私の体は限界です」ということを、一生懸命に話しました。話しかけてくれた方は、実は市役所の生活福祉課の方で、「私が助けます」と、すぐに病院へ連れて行ってくれました。脱水状態どころではなかったので、とにかく点滴を打っていただいて、精神科と内科で診てもらうことができました。これが、生活保護を受けるようになったいきさつです。


その後、Hさんは生活を立て直し、就職活動をするも仕事が決まらず、生活保護を受けながらひきこもり状態になります。その後、「たちかわ地域若者サポートステーション」につながり、育て上げネットのジョブトレを経て、就労しました。

 

健康で文化的な最低限度の生活 2 (ビッグコミックス)
作者:柏木 ハルコ
出版社:小学館
発売日:2015-01-30
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ぽりえもん2016.1.7 15:21

保護制度の矛盾は多い。パート、アルバイトの収入は保護費との兼ね合いで、むしろ下手に就労せず別の就職活動に時間を割いた方がましとの考え方もできる。また、交通事故の被害者となり保険金を受領しても、手取金は8000円。それを超える額は返還金として納めなければならない。昭和に出た厚労省の通達に拠るものですが、その理由(法的根拠)を窓口では、誰も答えられない。

2016.1.7 06:55

ものの見方。捉え方が自分だけが正しいと声高々に叫ぶとき 本当はその本質を見間違えてるのではないかと感じた。 すごく読んで見たいと思った。僕も目が曇っていたのかもしれない 一括りにしていた自身の浅はかな考えを恥じる。

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