哲学的空間を描く瑞々しい画力。上質な絵画の中にいるようなSF『カナリアたちの舟』 ひとは異なる知性とどのように出会うのか?

森 旭彦2016年02月01日 印刷向け表示
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カナリアたちの舟 (アフタヌーンKC)
作者:高松 美咲
出版社:講談社
発売日:2016-01-22
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サイエンスに関する記事を執筆する仕事柄、最先端の人工知能の開発者にインタビューする機会がある。

最近、人工知能はブームでもある。多くの人が人工知能がある社会の未来像について知るようになった。
しかし、世界中の人工知能開発者が、人間を超える知性をつくろうと本気で動いていることを現実感を持って受け止められる人はそれほど多くはない印象を受ける。
現実では、手に持って運べるほどの小さな「箱」に地球の全人類、80億人に匹敵する脳を再現することすら標榜し、少人数のベンチャーを率い、世界トップクラスの小型スパコンをつくった開発者が、日本にもいるほどだ。

人間を超える知性とは、一体どのようなものなのだろうか?
僕らはそんな知性とどのように出会うのだろうか?
僕はむしろ、そっちの方に興味がある。

『カナリアたちの舟』はそんな時代にこそ、際立つテーマを持ったマンガであると感じた。やや哲学的な意味における、異なる知性との邂逅を描いているSFマンガである。

主人公の宇高(うだか)ユリは、理科の授業中に「秒速30万キロに乗って、明日なんて一生追いつかなきゃいいのに」なんて言ってみせる、日常への退屈と、自分の将来への漠然とした不安を抱える、控え目に言っても普通の女の子だ。
ちなみに秒速30万キロは「光速」、光の速度のことだ。

異世界からの来客は、ユリのそんな日常から、退屈と将来を突然奪っていった。 

 

( 高松 美咲 カナリアたちの舟 )

その次の瞬間、ユリは異世界で目を覚ます。そこは牢屋でもなく、びっくりするほどグロテスクなエイリアンもいない。ただあったのは、いっしょに地球からさらわれてきた、冴えない薬剤師、北沢千宙(ちひろ)との奇妙な共同生活だった。

 

( 高松 美咲 カナリアたちの舟 )

この千宙が、およそ異世界のアダムには選びたくない存在だった。無気力、無関心、想像力が乏しく、即物的。ロマンのない、がさつな男性だ。

( 高松 美咲 カナリアたちの舟 )

しかしこの異世界には他に誰もいない。ユリは千宙と、それほど親密とはいえない共同生活を営みながら、異世界をさまよい歩く。
朝起きてスマートフォンのアラームを止め、母が用意してくれた食事をとって、いつもの通学路をいつもの同級生と列をつくって歩く日常はここには存在しない。
あるのは奇妙な人工知能のような存在、脳との直接通信を可能にする不思議な装置、モノリス感あふれる記憶媒体…。それら世界観は、いわゆる“宇宙人襲来モノ”なのだが、物語の展開は、読み手の予想をすり抜けていく。

彼らが人間をさらった理由が、非常に奇妙なのだ。
シンプルではあり、肩透かしをくらったような気さえする。

この作者が、人間が見知らぬ星に連れ去られるSFパニックホラーやサバイバルホラーのそれではなく、異なる知性の間にある“不気味の谷”について描こうとしていることに気づかされる。
人間は、ある程度、自分と似た容姿の物を見ても面白がる。しかし、あまりに似たもの、たとえばあまりに精巧につくられた自分の人形などを目の前にすると、急に不気味に思い始める認識の“谷”のようなものがあると言われている。それが不気味の谷と呼ばれているものだ。
知性にもそんな谷があるのだろうか。そんなことを考えながら、作者は相互理解というものがない生物同士をどのように邂逅させ、交流させるのか、そのストーリーの先にある思想へと視線をやる。

( 高松 美咲 カナリアたちの舟 )

こうした哲学的なストーリーの深部に読者を引き寄せてゆくのが、作者である高松美咲さんの画の魅力だ。作品全体が、上質な絵画的空間の中で立ち上がってくる気配を感じる。丁寧に描かれた画がたくさんある美術館のような空間にいると、どこか心がやすらぐのと同様に、本全体から伝えられる、五感以外にうったえる何かが、このある種の哲学的な世界観を形成している。この画力が、この作家のスゴみだと思う。

( 高松 美咲 カナリアたちの舟 )

お気づきの方もいるかもしれないが、背景やオブジェクトのモチーフに用いられているものは生物が多い。作者による、カバーそでのあとがきを引用する。


“この漫画を描くにあたって、いちばん悩んだのが作画作業です。それでたくさんの図鑑を読みました。植物、海の生物、昆虫、微生物…。読んで分かったのは、私が一生懸命に宇宙っぽい植物のデザインを考えても、似たような形の、もっとかっこいいものが既に地球のどこかにあるということです。「人間におもいつけることは、広い宇宙のどこかにもう存在している」というウワサは本当かもしれません。”


ストーリーのディテールにも、自然科学への好奇心がにじむ。たとえば、地球外生命体にとっては、地球の環境が絶命を伴うほどの害になり得る、ということがきちんと背景知識にはさみこまれていることがよく分かる。
今の私たちが呼吸している酸素が、地球外生命体にとっては猛毒になることもある。かつての地球の生物がそうだったように。

 

僕はある時、人間を超える知性から、人間の知性を見た時、彼らは一体どのように感じるのか、と考えたことがある。
僕らにとって彼らの思考があまりにも把握ができず、限りなく透明に近い存在であるのと同様に、彼らにとっても僕らの思考は見えない、捉えようがないのではないか――。

こうして考えたことを、ある人工知能開発者にたずねてみたことがある。その回答が、あまりにもあっさりとしていたことを記憶している。

「おそらく、考えておられる通りですね。彼らと我々では知性の次元が違うので」

つくづくSFみたいな現実と、現実みたいなSFの区別がつかない時代になってきていると感じる。

高松美咲さんは僕が調べた範囲では、本作が単行本では2冊目であり、初の連載作でもある。前作の『アメコヒメ』では、中学生の初恋をかぐや姫へのオマージュ(だろうか?)を重ねた、瑞々しく、可愛げがある中にも少し毒気を感じさせるファンタジーで描いてみせている。
Amazonでは、レーベルの性質からか「BLではない」というコメントが目立つが、おそらく「BLである」ことがこの作家にとってもっとも重要なことではないと僕は感じている。こちらもオススメなのでぜひ。

カナリアたちの舟 (アフタヌーンKC)
作者:高松 美咲
出版社:講談社
発売日:2016-01-22
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カナリアたちの舟 (アフタヌーンコミックス)
作者:高松美咲
出版社:講談社
発売日:2016-01-22
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アメコヒメ (POE BACKS/Beコミックス) (ポーバックス Be comics)
作者:高松美咲
出版社:ふゅーじょんぷろだくと
発売日:2013-12-24
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