3.11から何も変わらないあなたへ。しりあがり寿が届けつづける「あの日」の記憶。 東日本大震災後の世界を、日常と狂気の境界線を往来しながら描く『あの日からのマンガ』。

今村 亮2016年03月11日 印刷向け表示
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5年前の「あの日」

みなさんは「あの日」をどんな風に過ごしましたか?僕はJR高円寺にある勤務先の事務所で夜を過ごしました。しょうがないので銭湯でも行こうと、人であふれかえる商店街を歩く道すがら、酒瓶がすべて転げ落ちた酒店からただよってきた強烈なアルコールの匂いが、「あの日」の記憶に染みついています。

この5年間、「あの日」の記憶を誰もが語りました。ちょっとした帰宅困難の思い出として、あるいはニュースで目にした衝撃として、そしてもう二度と会えない一万五千人の鎮魂として。

「あの日」を語る漫画

マンガHONZでは、月に一回の定例会で、毎月のレビュー公開日を決めています。僕は初めて今月、3月11日を担当したいと立候補しました。「あの日」を語った漫画を語りたかったからです。NAVERにまとめられるくらい、震災に関連する漫画はたくさんあるようです。できれば毎年3月11日、僕はそのような漫画を読みながら過ごしたいと思っています。
 

しりあがり寿が語る「あの日」

しりあがり寿は、誰より早く「あの日」を語った漫画家の一人でした。震災四日後、2011年3月15日、朝日新聞朝刊を通して全国に拡散された4コマ「地球防衛家のヒトビト」がこちらです。

「ああ いつまで 続くんだろ」

全国紙朝刊4コマ漫画は、家族・食卓・サラリーマンが代表する、終わりなき日常を描くことが宿命づけられています。しかし「あの日」の直後、そんなハリボテのような日常を読者は求めていたでしょうか?

しりあがり寿は真っ先に、世間を代弁しました。ああ、いつまで続くんだろう・・・。「地球防衛家のヒトビト」の世界は、この日を境に揺らぎ始めます。ひたひたと不安に浸され始めます。朝日新聞じゃなかったら、こうはいきません。

2011年4月20日、「地球防衛家のヒトビト」はついに被災地に赴きます。

そして無言の東北と出会います。これは2011年5月8日。全国紙に横たわる、4コマに分節された無言の被災地。フキダシも効果音もありません。この紙面は異様でした。

目を背けたくなる現実。すべて流されてしまった日常。ゆるゆるふわふわとしたヘタウマ系のタッチで描かれるからこそ、そこには奇妙な切実さが生まれました。

『あの日からのマンガ』に収められた奇妙な短編

「地球防衛家のヒトビト」が震災について毎日欠かさず語り始めて半年。これらを集めて2011年7月に刊行されたのが『あの日からのマンガ』です。

あの日からのマンガ (ビームコミックス)
作者:しりあがり寿
出版社:エンターブレイン
発売日:2011-07-25
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『あの日からのマンガ』は、「地球防衛家のヒトビト」を時系列に並べ、それをぶつ切るように、不思議な短編がはさみこまれる連作短編集です。

短編ごとに画のタッチも変わり、まったく違ったテイストになります。統一感がなく、脈絡もなく、慣れない人には読みづらい作品だと思います。この変幻自在さも、しりあがり寿の作家性です。

どんな短編が掲載されているのでしょう?いくつか紹介します。

たとえば、電力がなくなった50年後の未来の話。

こちらは、震災後に生まれた子どもたちに、羽根が生えた話。

 

「ねえ ゲンパツって なんなの?」
「こわれることで 新しいことが 始まったって・・・」

ここだけ読めば、原子力発電批判のように見えます。

しかし一方で、擬人化されたゲンパツの悲しみが描かれます。ゲンパツだって、かわいそうなのだ。時代にチヤホヤもてはやされて誕生したのに、こんなにも疎ましがられるなんて。そのことを傷ついているのです。

また、セシウムもストロンチウムも擬人化されます。ゲンパツの外に飛び出していく彼らの気持ちが希望に満ち溢れていることを、いったい誰が否定できましょうか?

しりあがり寿の世界には、被害者も加害者も存在しません。ゲンパツだって、セシウムだって、加害者ではありません。誰もが等しく「あの日」のことを語るだけです。それが『あの日からのマンガ』です。

震災4年後には続編『あの日からの憂鬱』が刊行されますが、これもまた同じ構成です。いえ、同じではありません。4コマ漫画に割り込むように挟み込まれる短編は、さらに狂気を増し、奇妙さをまとう、現代への隠喩となっています。

あの日からの憂鬱 (ビームコミックス)
作者:しりあがり寿
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
発売日:2015-03-11
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たとえば、震災をきっかけに、音楽では何も救えないと諦めてしまったミュージシャン。彼の歌声は次々と街を破壊していきます。

そして、「平足族」と「尖足族」に身分が引き裂かれた世界の悲しい恋愛劇。

怖い。本当に怖い。これがしりあがり寿の真骨頂です。

かくして、新聞4コマの日常が少しずつズレていく不安感と、奇妙な世界の不思議な人々の悲しいリアリティ、ふたつの物語がまるでミルフィーユのように折り重ねられながら『あの日からのマンガ』『あの日からの憂鬱』を織りなします。

いったいどちらが現実で、どちらが悪夢なんだろう?

この連作には主人公がいる。

バラバラのように見える連作短編集ですが、何度か読み返したときに気づきました。よく読めば、この作品集には主人公がいるではないか。それが、この男です。

 

ワリカン要員として呑み会に招かれた男。仕事も生き方も中途半端で、酔っ払うと適当なことばかり言う男。最後まで名前さえ明かされない男。

「あ・・・はい」としか返しようがない言葉しか持ちあわせない男。いざというに何も自分で決められないこの男は、女に引きずられるように東北に渡り。

東北に着いても、相変わらず適当なことしか言えない男。

この男、作中をよく見たら、そのまま東北で生き延びて、じいさんになっていることが発見されます。西暦2061年の日本で、エネルギーシフトに文句を言っているこのじいさんが、

別の短編で思い出すのは、メガネのあの娘のこと。

いったい男は、震災後の50年を東北の地でどんな風に過ごしたのでしょう?

新聞4コマ的な日常と、奇妙なファンタジー、ふたつの物語の結節点となっているのは、このしょうもない男の時間軸です。日常ともファンタジーとも判別しがたい人生を流される男。僕はこのしょうもない男に、どうしようもなく感情移入してしまいます。

「あの日」の僕

「あの日」、僕の仲間たちはすぐに東北に向かいました。

NPOカタリバは、高校生のためのキャリア教育のNPOとして誕生しましした。しかしそれは震災前までのことです。カタリバは東京で集めた募金を持って、現地を歩き、ハタチ基金という一般財団法人を始めました。震災のときに生まれた赤ちゃんがハタチになるまで応援しようという基金です。今でも続いている基金です。

そして仲間たちは今も、東日本大震災の被災地に暮らしています。「あの日」をきっかけに始まった被災者の放課後学校コラボ・スクールを守り、悲しみを強さに変える子どもたちの日常に寄り添っています。

思えば「あの日」、僕は何にも考えていませんでした。社会の未来も、原発事故後の世界も、死者の鎮魂も、自分自身の生き方も・・・。でも「あの日」変わり始めた仲間たちに引きずられるように、東京で教育NPOの道を歩み出しました。そしてビールをのむたびに、適当な軽い言葉で自分をなぐさめました。そうするほかありませんでした。

しりあがり寿が描くしょうもない男は、僕自身でした。

ハタチ基金のWEBサイト http://hatachikikin.com
 
 
 
コラボ・スクールのWEBサイト http://www.colabo-school.net
 

今年の朝日新聞に、しりあがり寿は何を描く?

そして5年が経ちました。誰よりも早く「あの日」を描いたしりあがり寿は、いつの間にか、誰よりも長く「あの日」を語り続ける作家になりました。

これは去年、2014年3月11日の朝日新聞。

しりあがり寿は毎年、朝日新聞をジャックして、僕たちに「あの日」のことを語り出します。今年はどんな4コマを届けてくれるでしょう?今日くらい朝日新聞を買ってみようと思います。そのたびに僕は「あの日」感じた情けなさをごまかすために、ビールを飲み干すのだと思います。

(画像はすべて、しりあがり寿『あの日からのマンガ』『あの日からの憂鬱』)

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