アメリカの図書館戦争 『古書泥棒という職業の男たち』

足立 真穂2016年03月13日 印刷向け表示
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古書泥棒という職業の男たち: 20世紀最大の稀覯本盗難事件
作者:トラヴィス マクデード 翻訳:矢沢 聖子
出版社:原書房
発売日:2016-01-27
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映画になりそうな犯罪ノンフィクションはいかが? 主人公は一癖もふた癖もある本泥棒とガッツのある図書館司書たち。あの手この手の知恵をしぼる泥棒組織と、それに対して、「図書館特別捜査員」として奮闘する司書。「稀覯本」をめぐる攻防の舞台はニューヨーク!

アメリカ経済が上り調子となった1920年代、1929年の大恐慌を経てしばらくの間1930年代まで、図書館史上最悪の盗難の時代は続いた。当時のアメリカでは、一部の古書の値段が天井知らずで高騰し、のんびりした各地の図書館は「一年を通して、どんな天候だろうが、すぐ換金できる作物の成る畑」とまで言われるほど、本泥棒に恰好の餌食を提供していたのだ。

その背景には、経済状況はもちろんだが、今と違って、古書、特に「稀覯本」(限定本や特集事情のある本など、手に入りにくい本のこと)の購買層が、一部の読書家に限らず非常に広かったため、売買の規模が大きくなり、マンハッタンでは一大産業になっていたという状況がある。

特に、1920年代のアメリカでは「アメリカーナ」と呼ばれる独特のジャンルの古書が高値で取引されていた。国の歴史が浅いためなのか、「建国の始祖たちがどんな理由から、どのように海を渡り、新大陸にたどりついてからどんな生活をしていたか示すものならなんでも」含み、特に人気だったのは「建国初期の探検談、極西部への陸路の旅の記録、先住民との戦争や捕虜話、建国時の偉人に関する資料、町や郡や州の歴史」だそうだ。今も需要はあるようで、こういうものが人気だということ自体が面白いが、そんなわけで、こういった資料の多い東海岸、マサチューセッツ州などが「畑」となり「マーケット」にもなったのだ。

しかも、マーケットが史上最大の規模となる一方で、組織の元締めが古書店主となっていくからまた手に負えない。本の窃盗が、個人の手から離れて、販売も含めて組織化されていくのだ。

本の帯に書いてある、代表的な本泥棒の紹介を引用しよう。


チャールズ・ロンム【48歳・古書窃盗団の主犯格】アル・カポネそっくりの古書店主。本の目利きで、窃盗犯を束ねる

 

ハリー・ゴールド【26歳・古書窃盗団の主犯格】古書店主。ストリートチャイルドだった少年時代から本は人生の友。実行犯となる男たちを見つけて養成するのが得意。

 

ハロルド・ボーデン・クラーク【29歳・実行犯】司書に信頼される話術と学者風の外見が最大の武器。本を隠し持つためのコートは大事な仕事道具。プライドが高く、喋りすぎてボロを出してしまうのが弱点

盗まれた図書館の本には、インクや浮出し、打ち抜きなどの蔵書印が押されているが、消すための本の加工(ソフィスティケーション、と言うそうだ)もさらなる工夫が凝らされていく(具体的な方法の記述あり)。

これに対して、図書館側も立ち上がる。司書の中から特別捜査員を選び、対抗していくのだ。
1911年に設立されたニューヨーク公共図書館(現在の本館)では、当初よりこの問題を憂慮し、長年司書として働いてきたゲイラードを初代の特別捜査員にする。彼は「特別巡回警察官」としてニューヨーク市警察にも所属し、内部犯の告発さえ厭わない姿勢で、警備を強化し、組織的関与を追及していく。

ちなみに、このニューヨーク公共図書館は、マンハッタンの5番街の40-42丁目に位置し、すばらしい建築と蔵書で今では観光名所となっている、世界でも屈指の私立図書館だ。
加えれば、これは本にはないのだが、この図書館は、ニューヨーク市の公立の図書館ではない。「公共」(public)とは、一般に開かれているという意味で、行政からの補助はあるようだが、設立当初は鉄鋼王カーネギーの資金提供で、ホームページを見るとその後も寄付やボランティアで、独立法人として運営されているのだ。(デジタル・アーカイブも公開しているので、興味がある方はぜひ。)

話がそれたが、1931年、その運営と警備の中で起こるのが、ポーの『アル・アーラーフ、タマレーン、および小詩集』の盗難事件だ。エドガー・アラン・ポー(その名前をもじって江戸川乱歩が筆名をつけている……)の2番目の詩集で、1829年にボルティモアの小さな出版社から刊行された。初版は250部だったが、1917年時点で所在が10部しか確認されておらず、すでに15年間で10倍の値がつく人気状態となっていた。研究所に1部、個人蔵で8部所有されており、図書館にあるのは、ニューヨークの1部だけ。

この盗まれ方があっけないのだが、特別捜査員2代目のG.ウィリアム・バーグキストは、取り戻そうと、決してあきらめない。この2代目は、父親の再婚相手と折り合い悪く14歳で家出し、20年の間「できる仕事はなんでもやり」、第一次大戦に従軍、戻ってさまざまな販売業に携わった後、40歳で図書館学校の試験を受けて司書になったという変わった経歴の持ち主だ。、初代のゲイラードの死によって、特別捜査員となり、後に「稀覯本の伝説」と呼ばれる活躍を見せる。

本のありかがわかっていても追い込めない状況をいかに打開していくか、その温和な性格で味方を増やしていき……とここからがおもしろいので、続きをぜひ読んでいただきたい。ほかにも、ポーの本が今やどれだけの値がついているか、当時のオークションがどうだったか、古書店主たちのやり口などなど、本好きにはたまらないエピソードが多い。

牧歌的な時代ともいえるけれど、だからこそ、今に通じる素朴な問題が浮き彫りになる。また、思いがけない展開が続きミステリーのようにも読める。本泥棒のキャラクターや巧妙さ、それに対していく図書館側の知恵や熱意が醍醐味だ。捕まった本泥棒に対してのこの2代目の対処も、心地よいものがあった。
映画で言えば、『オーシャンズ11』あたりを見終ったような気分、だろうか。
ニューヨークに行く機会があったら、この図書館には必ずや足を伸ばしたい。 

古書の来歴 (上巻) (RHブックス・プラス)
作者:ジェラルディン・ブルックス 翻訳:森嶋 マリ
出版社:武田ランダムハウスジャパン
発売日:2012-04-10
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未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)
作者:菅谷 明子
出版社:岩波書店
発売日:2003-09-20
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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