『外道クライマー』スーパーアルパインクライマー宮城 解説 by 角幡 唯介

集英社インターナショナル2016年04月02日 印刷向け表示
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ただのバカではなく、本物のバカかもしれない

それからしばらく経って、当時、頻繁に一緒に山に登っていた後輩が「そういえば、あのセクシー登山部の人ってスゴイですね」と、テントのなかで舐め太郎のことを話題にしたことがあった。その後輩は、変なやつから接触があったぞと私が話すのを聞いて、時間を見つけてセクシー登山部のブログを詳しく読みこんだらしい。ブログの少し古い記事のなかにはネパールの山を単独登攀した記録が写真付きで載っており、通常レベルのクライマーが一人で登れるような山には見えなかったというのである。

下山してすぐにセクシー登山部のブログを読みかえしてみたところ、たしかに後輩が言及していたネパールの登山記録は存在していた。舐め太郎は上部で敗退こそしていたものの、写真の岩壁は巨大で激しく屹立しており、そこに単独で挑戦した時点で、彼のクライマーとしての実力と冒険家としての強靱な精神力を窺い知ることができた。

こいつはただのバカではなく、本物のバカかもしれない……。

セクシー登山部の舐め太郎という名が、知る人ぞ知るという感じで、登山界の深部でじわじわと語られるようになっていったのは、この頃だったと思う。どうも、すぐに裸になりたがる、とんでもなく登れるやつがいるらしい。いや、普通に登るときは裸じゃないらしい……といった、まさにヒソヒソと囁かれる雪男伝説みたいな感じだった。

実際に彼と面識を得たのは、登山仲間である群馬県のクライマー清野さんから紹介を受けたときだ。舐め太郎はキノポンという愛称で知られる、これまた登山界の名物男と一緒に、かの世界有数の登山家・山野井泰史氏が初登した一本岩というボロボロで危険な岩峰を登るため、群馬に殴りこみをかけにきた。ところが、キノポンが諸般の事情から登攀をドタキャンしたため、精神がいきり立って一本岩のようになっていた舐め太郎はその欲情のはけ口を失い、やむなく清野さんの山岳会の小屋に転がりこんできたのである。

清野さんはその後、舐め太郎と一緒に高さ100mの垂直の氷瀑が連なる米子不動の難ルート〈正露丸〉を登りにいったようで、後日、その印象をたずねたところ、「昔の素浪人のような男だ」との的確な人物評を語っていた。今は主君を失い落ちぶれているが、もともと剣の腕はたしかで、いつでも仕官できるように刀を研ぐのを忘れない、そんな江戸時代の浪人のようなクライマーだったという。そのあと、宮城君と何度か山に登る機会があったが、清野さんもうまいことを言うもんだと感心したものだった。

強い自己表現欲求と、珍しいほどの反骨精神

宮城君が登山家として特殊なのは内側からあふれ出てくる強い自己表現欲求と、いまどきの若者には珍しいほどの反骨精神をあわせもっているところにあると思う。彼から山に目覚めた理由を聞いて驚いたことがある。彼はセクシー登山部のブログにも頻繁に登場する風変わりな友人を題材にした映画を撮るために上高地を訪れ、それがきっかけで一人で登山を始めたというのだ。つまり彼は登山家ではなく、もともと表現者としてこの世界に登場していた。だから山は今も彼にとって表現の一形式でありつづけている。

もともと登山は、登ったラインやルートを示すことで自らの世界を提示するという表現的性格のつよい行為である。ヒマラヤの高山の氷壁に描いた一本の美しい登攀ラインは、下手な文章や音楽よりもよほど人の心に訴える力を持っている。表現というのは自己を外の世界につなぎとめるアンカーロープみたいなもので、表現することで「私」の行為や思想は客観的に実体化され、私自身が世の中に定位されていく。登山行為もまったく同じで、それを文章なり写真なりで発表するということは、自己満足を越えた自己実現欲求の裏返しなのである。

宮城君はこうした登山が持つ表現的性格に、登山家として誰よりも自覚的である。最初は私も見落としたが、よくよく考えてみると、セクシー登山部のブログもまた彼の表現欲求と反骨精神が見事に映し出された作品だといえる。裸にハーネスだけつけて巨大な氷瀑を登る行為は、一見、バカバカしいように思えるが、しかし単純にスゴイので、「こんなことやって死なないの(逮捕されないの)?」というレベルでわれわれの常識を揺さぶるには十分だし、お上品に洋服なんか着なくてもこんな氷瀑は登れるのだということを示すことで、彼は世界の深層を巧妙に覆いかくしている世間的な欺瞞や建前を突き崩そうとしている。

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雨宮かずひさ2016.4.2 11:31

初登頂すると英雄となるし、遭難すると非難されるし、クライマーは揺れ続ける存在ですね。「表現者」というとらえ方は、画期的です。

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