ひきこもり男が母親に銃口を向けるまで。家族の恐ろしさを描く問題作『ギャラクシー銀座』

今村 亮2016年04月12日 印刷向け表示
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もし家族がひきこもりになったら

2016年3月21日に放送された「ビートたけしのTVタックル」が物議をかもしています。

精神科医・斎藤環さんがFacebookに投稿した共同声明文によると、「ひきこもり当事者に対して恫喝する・壁を破壊して部屋へ強制侵入する・共同生活寮へ連行するなどが紹介された」のだそうです。

なるほど。僕も教育NPOを仕事にするからには、ひきこもり問題についてもう少し考えなければなりません。

そこで今こそ、あの問題作を読み直すことにしました。2007~08年にスピリッツで連載され、全4巻で電撃的に完結した、
長尾謙一郎『ギャラクシー銀座』です。
 

ギャラクシー銀座 1 (ビッグコミックススペシャル)
作者:長尾 謙一郎
出版社:小学館
発売日:2008-03
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ひきこもり男とマミーの共依存生活

この漫画は、ひきこもり当事者や支援者のみなさまにとって、決して気持ちの良い作品ではないことを先にお断りしておきます。

舞台は山奥の大豪邸の一室。そこに暮らす青年・竹ちゃん。彼こそが、ひきこもり当事者です。

( 長尾 謙一郎 『ギャラクシー銀座』 )

ライフワークは、夜な夜なイタズラ電話をはたらくこと。吉川晃司に憧れる竹ちゃんは、それをパンク・ロックだと言い切ります。

社会への憎しみと、おさえられない性的衝動。情けない正義感と、しょうもない承認欲求。竹ちゃんは、イタズラ電話に情動のはけ口を求めます。

マミーは、そんな竹ちゃんに偏愛を寄せます。イタズラ電話にすら理解を示しています。

「覚醒剤買ってきて・・・」と言われ、渋谷へと買いに行くマミー。

竹ちゃんは、どうやら10年以上ひきこもりを続けているようです。そんな自分に不安を感じていることが独白されます。

問題作『ギャラクシー銀座』の主人公は、この母子です。序盤から既に、やばい空気がただよってきます。さて、果たして竹ちゃんは、自らのひきこもり生活にどう向き合うのでしょうか?イタズラ電話を卒業することができるのでしょうか?いつかはこの部屋から一歩踏み出す日がくるのでしょうか?

・・・ここだけを切り取れば、『ギャラクシー銀座』は、ひきこもり問題を扱った社会派マンガに見えなくもないかもしれません。しかしそれは大きな誤解です。
 

この不条理マンガは読者をナメている!

この作品の困った点は、本筋と関係ないさまざまなエピソードが、唐突に挿入されるところです。いえ、エピソードなんて上等な表現はふわさしくありません。ちっとも物語の体裁をなしていない、奇妙で醜い、不条理な断片です。

その一部をご紹介しましょう。たとえば、ホストクラブ「ニューファラオ」のCM。

( 長尾 謙一郎 『ギャラクシー銀座』 )

竹やぶに入ろうとする関西人「ハスキー美美」のストリートライブ。

CanCamを愛しエビちゃんをライバル視する巨女「コニー」。

竹ちゃんの父、シャンソン歌手であるココ北古賀のコンサート。

自らの熱い筋肉が、地球温暖化の原因になっていることを憂うボディビルダー「サクセス」。

老夫婦「スーパーペガサス」のショートコント。

読者を翻弄するかのごとく、毎回毎回変わる舞台設定、気味の悪いキャラクターたち、コメディなのか狂気なのか判別できません。そして読者が忘れた頃にふらっと出てくる主人公・竹ちゃんとマミー・・・。

き・・・気が狂いそうだ!

これほど読みにくい漫画はなかなかありません。いま単行本で読み返しても圧倒的に読みにくいけれど、毎週スピリッツで一話ずつ読んでいた連載当時はね、もうね、頭痛が止まりませんでした。

物語は、まさかの三角関係へ

それでも僕が毎週、『ギャラクシー銀座』を読むためにスピリッツを買うのを止められなかったのは、次第に、物語の断片たちが奇妙なつながりを見せはじめたからです。きわめて中毒的な展開でした。

ある満月の夜、竹ちゃんのところに女から電話がかかります。いつもイタ電をかける側の竹ちゃんは、不意をつかれます。

( 長尾 謙一郎 『ギャラクシー銀座』 )

ただよう情欲の空気。まるで村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』です。

本能のままに竹ちゃんは、電話口ではしゃぎ、浮かれ、吉川晃司のモノマネをします。そして意を決して、10年ぶりに部屋から出ます。

結果として竹ちゃんは、「TVタックル」の事例とは異なり、恫喝もされることも、ドアを蹴破られることも、強制連行されることもなく、ひきこもり生活を終えました。性欲ってすごい。

しかし・・・なんと待ち合わせ場所にいたのは巨女コニー。マンガ表現の限界に迫る筆致で、恐怖と戦慄の夜が描かれます。

なんとか逃げ出し、家に帰った竹ちゃんに、ハッピーエンドは待っているわけがありません。家にはマミーが待っている。恐怖は終わらない。それどころか加速していく。

さあ、引き金は引かれました。ここからが長尾謙一郎の真骨頂です。ひきこもりの十年間、暗い部屋の中で幸せを装ってきた母子が蓋をしてきた心の暗部が、止めどなく表出しはじめます。現実と空想が混濁し、空想は悪夢に変わり、現実を蝕んでいきます。この日常は幸せなんかではなかったのだ。何かが歪んでしまっていたのだ。

ひきこもり支援論から『ギャラクシー銀座』を語ることは可能か?

結論から言うと、あまり意味がなさそうです。

竹ちゃんを部屋から導き出したのは一本の電話でした。が、そこからひきこもり支援に関する実用的な教訓を見出すのはやめておきましょう。作品に嘲笑されてしまいそうです。

一方で『ギャラクシー銀座』から真に見出すべきは、家族の愛憎への畏怖です。
不条理劇の比喩とコメディが、まるで照れ隠しのように織り交ぜられているので、つい見落としてしまいがちですが、テーマは家族愛に違いありません。

ひきこもりを終えた竹ちゃんが、部屋から出た後の展開で、その迫力はさらに増します。後半は本当にすさまじい。現実とも空想ともつかないマミーの狂気に、強烈な見開きが多用されはじめます。何度読んでも、身震いを感じます。

次第に、作品の射程はひきこもり問題を越えていきます。どんな家族にも複雑な感情の交感があります。その普遍性・神話性こそが『ギャラクシー銀座』の真髄です。ひきこもりという設定は、それをあぶり出すための舞台装置なのでしょう。どんな平凡な家族にだって、どんな恐ろしいことも起こりえるのです。

そして竹ちゃんとマミーは、深夜のドライブへ。炎と拳銃と宇宙と竹やぶと・・・。物語は最終局面へと転がってゆきます。そろそろネタバレは止めておきます。ここから先は全4巻のコミックでお楽しみください。

僕たちは家族をどう愛そうか?

家族とは近すぎて見えないものです。『ギャラクシー銀座』が描く恐怖とは、つまり、近すぎて見えないものへの恐怖でした。また、恐怖の合間にはたしかに愛が描かれている点を見落としてはいけません。それは恐怖と抱き合わせることでしか語ることのできない愛なのです。その切実さはきわめて真摯です。

僕たちは家族をどう愛そうか?家族についてふりかえろうとするとき、「全米が泣いた」的な予定調和の感動ドラマよりも、『ギャラクシー銀座』のほうが真に迫っていると感じるのは僕だけでしょうか。ひさびさに読みなおしてぐったり疲れたけれど、この疲労感は僕に学びを残しました。そして教育NPO職員は今日も次の漫画を探すのです。

 (画像はすべて長尾謙一郎『ギャラクシー銀座』)

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作者:長尾 謙一郎
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