日常生活に「不利」を感じる社会的弱者。彼らの心の叫びに気付くのは誰か『スラップスティック』

小禄 卓也2016年04月11日 印刷向け表示
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好きなマンガ作品は数多くあっても、好きなマンガ家はそんなに多くない。作品のストーリーはもちろん、作品が醸し出す作家性に惚れ込み、その人の描く作品は無条件で購入してしまうようなマンガ家だ。僕にとっての藤田和日郎先生であったり、押見修造先生であったり、南勝久先生であったりする。

こんにちは。恥ずかしながら寝違えてしまい、かれこれ2週間ほど不自由な首と生きているマンガHONZレビュアーのころくです。今回は、つい最近僕の「好きなマンガ家」となった青野春秋さんが描く『スラップスティック』を紹介したい。

スラップスティック 1 (ビッグコミックス)
作者:青野 春秋
出版社:小学館
発売日:2015-09-11
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日常生活に「不利」がある家族の物語

舞台は昭和の終わりごろ、母・とし子と兄・秋介(15歳)と暮らしている主人公の立花春人(9歳)。とし子が最初に結婚してできた子どもが秋介で、その後離婚し再婚した相手の連れ子が春人になるため、春人は誰とも血が繋がっていない。その辺りの背景は描かれていないが、ちょっとどころではない複雑な家庭環境に身を置く少年の日常を描いたマンガだ。

プレハブ小屋のような「詰め所(トイレはボットン便所、風呂はなし)」で母子3人暮らし。とし子は家庭教師の仕事をしながら子どもたちを養い、秋介は家庭内外のいたるところで暴力を振るう問題児。春人も秋介によくいじめられている。この家族は、はっきり言って貧乏だ。貧乏であるということは、社会的弱者であるとも言える。Wikipediaにも、所得格差による差別は社会的弱者を生み出す要因の1つであると書かれている。実際、兄の秋介も1話目の最後にこんなことを言っている。

「俺は普通でいいんだよ普通で!」
「なんで俺らはこんなに『不利』なんだ?」
「なんで日常生活に『不利』があんだよ…」

春人も続ける。

「貧乏なのはしょうがない。父親なんていまさらいらない。
ただ、もう少しだけ普通になりたかった……」
「けれど、僕ら兄弟にはたりないものが多すぎたんだ……」

家の壁にお箸が刺さったり、友だちのお母さんから「うちの子と仲良くしないで」と言われたり、学校の先生に「臭い」とからかわれたり……。そこには確かな「不利」が存在していた。そんな春人の幼少期を追体験するように物語は進むのだが、「助けて」という春人の心の叫びがかなり頻繁に出てくる。そして、3巻を終えてなお、その声に応える人が登場する気配はない

「春人」は身の周りに意外といると、大人になって気付く

『スラップスティック』は現在3巻まで出ていて、第1部がそこで終わる。物語は兄・秋介との思い出がよく出てくるのだが、今のところ春人が秋介を憎んでいるのか慕っているのかは分からない。血は繋がっていないながらも秋介のことは慕っているように感じるし、大好きなんじゃないかなと思えるような描写は少なくないのだが、一方で時折見られる憎しみの描写が重く突き刺さってくるから油断できない。そんな春人は誰ともなく問い掛ける。

「…『家族』って何?」

どれだけ貧しくても「家族の絆」で繋がっていて、お金がなくても幸せという安いお茶の間感動ストーリーは、この物語には通用しない。そもそも「家族の絆」とは一体何なのだろうか。春人の心の中は、まだまだ読み切れない。

このマンガを読んで、僕は小中学校の時に仲が良かったTくんのことを思い出した。彼の家も決して裕福とはいえなかったし、途中でTくんの苗字が変わったりもした。その後彼は工業高校に進学し、僕は公立高校に進学したため連絡を取り合うことはなくなった。当時は子どもだったから特に何も感じなかったが、今になっていろいろと思うところはある。

子どものころはその無自覚さから、ある意味で社会と切り離した自分たちの世界で生きている。しかし、大人になり「世の中」とか「社会」とかを自覚するようになった今、周りを見渡せば日常生活に「不利」を感じる人たちが意外と近くにいるんだと実感する。予定はまだないけど、子どもが生まれたら『スラップスティック』は読んでもらおう。

この物語は悲劇か喜劇か。春人の心の叫びに耳を傾けるのは誰

このマンガ、青野さんによる”ほぼほぼ実話”の物語だというが、内容は全体的に非常に湿っぽい。それでも楽しんで読めるのは、青野さんのイラストのタッチによってその湿っぽさや重みはかなり軽減されているからだろうか。多分、描いている当人は悲観とか楽観とかないのかもしれない。

『俺はまだ本気出してないだけ』といい『スラップスティック』といい、道路の水たまりだと思って足を入れるとヌメッと自分の体にまとわりついて底なしの沼に体を持っていかれるような気分になる。それだけに、本レビューに先んじて『100万円の女たち』のレビューを書いた筧さんも言っていたが、青野作品は30歳を超えてから読むとグッと来るものがある。

「スラップスティック」とは、喜劇映画の中でも体を張ったドタバタ喜劇という意味があり、チャップリンの映画なんかはそう呼ばれるそうだ。僕はその意味があることを知らず物語を読んでいて、「ピシャっと叩くお仕置きの棒的な何か」を意味するのかと思っていた。青野さんは一体どんな意図でこのタイトルを付けたのだろうか。

ジメッとした悲劇がすぐ後ろに迫るような悲壮感が漂っているものの、どこかで見たことのあるシズオという登場人物が物語の”緩和剤”として雰囲気を和らげていたり、意外とカラッとしている本作。家族についてまだ触れられていないことが多く謎が深まるばかり。

第2部はここから3年後の話になるので、春人は12歳、秋介は18歳。「さらに過酷な現実が待ち受ける……」というのだから、今からすごくハラハラしている。秋介は春人のことをどう思っているのか。なぜとし子は離婚したのか。春人の心の叫びは誰かに届くのだろうか。このざわつきを胸に、第2部の単行本が出るのを待ちたい。

スラップスティック 1 (ビッグコミックス)
作者:青野 春秋
出版社:小学館
発売日:2015-09-11
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俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)
作者:青野 春秋
出版社:小学館
発売日:2007-10-30
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