五郎丸ポーズの秘密 『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』

足立 真穂2016年04月13日 印刷向け表示
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ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」 (講談社+α新書)
作者:荒木 香織
出版社:講談社
発売日:2016-02-19
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W杯の南アフリカ戦勝利で、にわかファンが増えている。なにを隠そう、私もそのひとりだ。あの南アフリカ戦のトライには、テレビを見ていて飛び上がってしまうほど興奮した。それほど単純でもないつもりだったが、その後何度も映像を再生して見ているほどだ。

ついには先月のこと、秩父宮ラグビー場でサンウルブズのスーパーラグビー試合も観戦した。結果は残念だったものの、私なりに発見もあった。

間近で見る選手の迫力あるぶつかり合いに目を見張ったり、応援する人の台詞に笑ってしまったりと、現場ならではの臨場感はもちろんだが、うまくいくときの、線を描くようなパス回しの流麗さに驚いたのだ。そういう場合は、選手間の会話も多くチームがまとまって見え、全員が落ち着きはらってブレない印象さえあった。 

というわけで、にわかファンながらも、なんだかすっかりラグビーが面白くなってしまったのである。で、選手は試合中になにを考えているのだろう? と、もっと知りたくなって手に取ったのが本書。やっぱり単純にできているのかもしれない。

テレビでもよく見かけた、著者の荒木香織さんは、短距離陸上選手としてインターハイや国体に出場、スポーツ心理学をアメリカで学んだ後、エディ・ジョーンズ・ヘッドコーチに請われ、2012年から2015年までラグビー日本代表のメンタルコーチをつとめた。自分の悔しい経験があるからこそ、実力を発揮できないでいる選手の役に立ちたい。そんな思いが、冒頭でまず語られる。

最初になるほどど思ったのは、メンタルケアを気持ちや根性の問題ではなく、不安の軽減や、問題のコントロールのための「スキル」、「技術」だと断言しているところだ。つまり、五郎丸選手の行った「プレ・パフォーマンス・ルーティン」には、次のプレーをスムーズに行えるようにする事、風やブーイングといった障害や自らの不安や感覚のブレを排除すること、プレーの修正ストレスの軽減、といった、効果を目的とした「技」なのだ。

荒木さんと五郎丸選手は、まず具体的なルーティンの作業内容をつくるのに1年をかけ、2年目以降は、一連の動作ひとつひとつに毎日点数で記録をつけて評価し、成功率を高めるために修正を加えて3年で完成させていく。詳細は本にあるが、荒木さんは何事も、当事者と綿密にやりとりをしながらつくりあげていくのが常のようだ。 

また、大事なのは、キックそのもの、ではなく、ルーティンそのものに集中し、実行すること。だからこそ、ボールを2回回してセット、うしろに3歩、左に2歩、右腕を振って、例のあのポーズ……という一連の動作にまとまっていく。あの動作のそれぞれに意味があるのではなく、五郎丸選手には、あの動作があの条件ではしっくりきて集中できるから、正確なキックにつながる、ということだろう。

この本のよいところは、選手たちのケアは広く共有できるという姿勢で書いてあることだ。仕事に使えそうな「技術」にも言及があり、そこは一般人にも参考にできそうなのだ。

たとえば「ルーティン」なら、集中して原稿や企画書を書く、受験勉強をする、といった場合に使えそうだ。

企画書を書こうとしたり、勉強をしようとしたとき、机の周りを片付けたり、お風呂に入ったりと、すぐに取りかかればいいのについ余計なことをしてしまうというのは、わりと多くの人が経験していると思います。

どっきーん。私のことでしょうか。

話は続く。そういう行動をしないように、コーヒーを一杯飲んだら必ず教科書を開く、一行でも書き始める、などとにかく決めた行動をしてやるべき作業につなげよ、とのこと。

……。「だって、それができないからダメなわけで」と言いたくなるのだが、レベルの違う話とはいえ、五郎丸選手もなかなかできないから「ルーティン」をするわけなので。

もっと長い目で考えれば、朝ご飯をきちんと食べることでもよいかもしれないし、化粧をすることでもよいかもしれない、と助け舟も出される。それぞれが「これをしたら、これをやる」と決めておけばよいのだ。

拡大していくと、なにかをやった後に、一定の順序やリズムで決まった動作を行うのもありで、「ポスト・パフォーマンス・ルーティン」という。テニス選手がミスした後に素振りをして立て直すのもそのひとつ。自転車でしばらく走るなり、カラオケで熱唱するなり、ストレスを発散する自己浄化作業でもよいのだ。たとえば水泳競技や、舞台での演技や演奏のように、なにか連続的なことをする場合は、合間に深呼吸をするなどのルーティンを行う、「デュアリング・パフォーマンス・ルーティン」でもよいそうだ。 

メンタルが強いからやるのではなく、弱いからこそ、決めた動作を集中して行い、自分を整えることで、やるべきことをやる。

まずは自分の弱さを認めてから。不安にかられて自滅する前に、なにをすべきか。

やるべきことから脱線してしまう人にこそ、この「技術」は活きてきそうだ。

結果がわかりやすく出るラグビー、誰もが知っているW杯を舞台に、メンタルケアについて紹介されていて、スポーツ以外の仕事や勉強に応用できそうなヒントがたくさんある。ルーティンだけ取り上げてみたが、ほかの「技術」もたくさん紹介されていて、頷くことしきり。

なにより、読み通すと、W杯のあの勝利は偶然ではなかったことがよくわかる。メンタルケアも含め、積み重ねた緻密な計算があってこそということだ。だからこそ、ラグビーを良く知るイギリス人の間で、あの勝利が拍手喝采を浴びたのだろうか。

やっぱり、ラグビーは奥が深そうである。 

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