服を買いに行く服がないオタクでも、これを読めばスーツのことが楽しくわかる!『テラモリ』

マンガサロン『トリガー』2016年04月20日 印刷向け表示
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テラモリ 1 (裏少年サンデーコミックス)
作者:iko
出版社:小学館
発売日:2015-09-11
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 私は小さい頃から、服に全く興味がありませんでした。容姿にコンプレックスもあったので、自分が着飾るということに何の意義も見出せまなかったのです。私にとって服はデザインではなく、一に値段二に値段、三四も値段で五に機能で選ぶものでした。

高校や大学の頃、制服や礼服を除けば一年間の平均服飾費は一万円を切っていました。300円ショップや古着屋、フリーマーケットなどでコートも千円台で買い、果てはインドネシア人が経営するレジすらない怪しい謎のお店で百円台のシャツやパンツや下着を購入していました。

「お金ない」「今月も金欠で死にそう」と言いながら、七万円のパンツを買う同級生のことが理解できませんでした。七万円どころかその消費税分あれば『ポーの一族』や『アドルフに告ぐ』や『藤子不二雄短編集』が買えてしまうんですよ? それらは心に焼き付いて離れない一生の財産となるのに対して、数年程度で着られなくなったり着なくなったりするかもしれない服に何万円もかけるのは……と心の底から思っていました。どう足掻いても見窄らしい外見を繕うより、無限の世界に触れて心の財産を充実させよう、と服代をコンテンツに全振りしていました(その時は、服もまた心を軽やかにし、日々を彩り生きて行くのを楽しくする魂の翼なのだとは全く思っていませんでした)。

そしてまた、幼い頃からスーツや革靴が嫌いで仕方ありませんでした。将来は絶対にスーツを着て働くサラリーマンにはなるまい。そう心に誓っていました。窮屈で呼吸が苦しくなる拘束具のようなモノ、靴擦れを起こしストレスしか産まないようなものを何故率先して身に付けねばいけないのか、と。

しかし、そんな考えも『王様の仕立て屋』というマンガに出会うことで変わりました。要は食べ物、あるいはお酒の好き嫌いと似たようなものなのです。一度本当に美味しいものを口にすれば、今まで苦手だと思っていたものが驚くほどあっさり好きに変わることがあります。服も、本当に自分に合った着心地が良く快適に過ごせるものと出逢えれば、自然と好きになるものです。苦手意識は、対象に関する知識を増やすことでも解消されます。よく分からないものでも、知れば知るほど親しみが湧いて来るものです。

『王様の仕立て屋』を読んで意識が改革された私は、その後スーツやシャツを仕立ててもらいに行きました。それは一時の出費で考えるとそこそこ大きなものでしたが、長年愛好しており今後もお世話になることを考えればむしろ良い買い物だったと思えます。

そんな私にとっての『王様の仕立て屋』のように、服に興味がなかった人・服屋に買いに行く服がないと悩んでいる人でも、服と仲良くなる契機になるであろう作品が、今回紹介する『テラモリ』です。服飾知識が満載で、楽しく読みながらも色々なことを学べる非常に優れた内容になっています。

この作品、アパレル業界を舞台としながらもヒロインが内向的なオタクという所に個人的にグッときます。モンハン的なゲームを同僚が軽く引くぐらいやりこむゲーマーであり、 一方で接客に関しては絶望的な苦手意識を持つ女子大生の高宮陽。彼女が高時給に釣られて「テーラー森」でバイトを始めるというストーリーです。

『テラモリ』の魅力はいくつもあります。

まず一つは、上で述べた通りアパレル、とくにスーツ周りに関する知識が満載であること。

 

ネクタイの裏に付いている紐の意味から、革靴の製法、リクルートスーツの選び方、スーツ店での仕事内容etc...全く知識のないヒロイン陽の目線で、読者も一緒にゼロからでも学んでいけます。作者のiko先生は実際にスーツ店にお勤めだったそうで、実地で学んだであろう知識や実体験から来ていると思われる描写が多々見て取れます。

次に、様々な知識が詰まったマンガでありながらも、キャラクターが立っており基本がコメディ調で楽しく読めること。

濃いキャラの集まったテーラー森の面々の掛け合いや、そこまでヒロインがやるのかと思うほど気合いの入ったパロディ描写はとても笑えます。綺麗な絵でこういうパワフルなギャグをやれるのはズルいですね。

そして、仕事漫画としてのクオリティが高いこと。何らかの仕事を物語で描く上で重要なのは、失敗と成功。失敗を重ね、自分の不足を認識し、それでも努力し向上して行く。そして、その暁に大小の成功があり、成功した際にはそれが誰か他人の幸せや喜びに結び付いている。それによって、自分の今までの頑張りが肯定され、協力してくれた仲間たちへの感謝や仕事の面白さを噛み締める……。そういった所が、『テラモリ』では十全に描写されています。

慣れない仕事に食らい付いていき、お客様に笑顔になってもらった時の充実感を覚える陽には、自分が初めてバイトをしていた頃の思い出を重ねて読んでしまいます。陽が自分の力不足を悔やむシーンは逆に辛くもあります。

特に素晴らしいと感じたのは、Sっ気の強いイケメン副店長・平尾の描写です。数字にシビアな副店長は初バイトである陽に対しても教育を妥協しません。

厳しく叱咤し、社員以上の教育を仕込んで行きます。それを投げ出したいと思いつつも、必死で付いて行こうとする陽も主人公然としており、気持ちの良いものです。しかし、話はそれだけで終わりません。

 

やがて、今度は副店長の視点から見た店の経営や不足する人員、それに伴った教育方法の葛藤なども描かれて行くのです。家族のことや将来のことなど同時に考えなければならないことも多々。社会人としての、大人としての苦悩がこんなに描かれて行くようになるとは序盤は思っていませんでした。形態は違えど、店長としてとても共感してしまう部分が多いです。

決して誰も完璧ではないキャラクターたちによって、多角的に描かれる群像劇。そんなテーラー森の中での恋模様も、また見所の一つ。それぞれに一生懸命生きている彼らを、読んでいると自然と応援したくなります。もっとも、副店長には「社内恋愛はクソ面倒くさい」と切って捨てられるのですが。しかし、そんな副店長も……? そこは読んでお確かめ下さい。

漫画で少しでも良い方向に人生が変わっていく。そんな体験をしてくれる人が増えたら、この上なく嬉しいです。そして、『テラモリ』はそんな体験を与えてくれる作品です。近い将来、実写ドラマ化されて然るべきだとも思います。願わくば、私もテーラー森中央店で花さんに春夏用の新しいジャケットを見繕ってもらいたいなぁ。

 

イベント情報

そんな『テラモリ』の単行本第③巻発売を記念してトークイベントを開催!
お仕事ドタバタコメディから、一気に恋愛色がプラスされてきた本作品。
作者のiko先生をお招きし、テラモリトークを行います!

甘い低音ボイスが魅力!
日本で五指に入るくらいスーツが似合う歌い手(自称)こと蛇足がテラモリPRのために1日キャラクターとして登場!

MCは『テラモリ』を担当する編集・福田野乃花が担当!
ぜひ単行本を読んでご参加ください!

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日 時=2016年4月22日(金) 20:00スタート [19:30開場]
会 場=マンガサロン『トリガー』
参加費=一般1,500円(+1drink 500円)
1巻持参の方は無料(+1drink 500円)

▼イベントの詳細はこちら

http://peatix.com/event/161090/view

こちらのイベントですが、チケットは完売しております。
当日はイベントの様子を生放送をいたしますので是非そちらをご覧下さい。

http://live.nicovideo.jp/gate/lv260049189

 

(文:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿)

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