初期短編集『WANTED!』に垣間見る尾田栄一郎の“原点” 『ONE PIECE』のプロトタイプから、“あのキャラ”の生前を描いた作品まで

菊池 拓哉2016年04月25日 印刷向け表示
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Wanted!―尾田栄一郎短編集 (ジャンプ・コミックス)
作者:尾田 栄一郎
出版社:集英社
発売日:1998-11
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たとえば、ある物語に「心を奪われた」として、僕ら読者にできることはそれほど多くない。そんなときには、虚構の世界に思いを馳せながら、現実とあちら側を何度も往来して思考をとっぷりと浸らせるに限る。それが僕らに与えられた権利であり、最大の楽しみでもあるのだから。

しかし、熱心な読者であれば、それだけでは満たされないこともあるはず。かくいう僕もそんな「偶像的な片思い」に悩まされる者のひとりだ。

そこで僕は、作者のパーソナリティーを掘り下げてみることにする。

どこの町に生まれ、だれの漫画を読んで育ち、駆け出し時代にはどんな作品を描いていたのか……それらのささやかな原点を知ることで、物語を構成する「元素」のようなものが明らかになる気がするのだ。

1996年より週刊少年ジャンプで連載が開始され、今や時代を代表する少年漫画となった『ONE PIECE』を読んだときにも、この手の片思いには随分悩まされた。
数ある少年誌の中でも、ことさら競争が激しいことで知られる同誌において、20年近くトップを走り続ける『ONE PIECE』は紛れもないモンスターコンテンツだ。しかも、作者の尾田栄一郎氏にとっては、これがデビュー作だというのだから恐れ入る。ルーツを探ろうにも、連載前に世に出た作品が数えるほどしかないとあっては、早熟な天才を少しだけ恨んでしまう。

そんな同氏の貴重な初期短編5本が一冊にまとめられたのが、1998年11月に発行された『尾田栄一郎短編集WANTED!』(以降、『WANTED!』と表記)だ。無名時代の短編集だからといって、拙い習作などと侮るなかれ。ここに収録された作品は、どれも『ONE PIECE』に劣らぬ名作ばかりだ。

この記事では、収録作品の中でも、特に尾田氏の原点を垣間見ることのできる二本を紹介していきたい。

 


『ONE PIECE』のプロトタイプとなった海賊漫画『ROMANCE DAWN』


『WANTED!』に収録された作品の中でも、ひと際目を引くのは『ROMANCE DAWN』だろう。『ONE PIECE』のプロトタイプとして知られるこの短編の主人公の名はモンキー・D・ルフィ。麦わら帽子を被り、ゴムゴムの実の能力を有しているという設定も、本編と同様だ。

しかし物語の細部は少しだけ異なり、彼が探し求めるものは「ひとつなぎの大秘宝ワンピース」ではなく、海の無法者たちをカモにする海賊「ピースメイン」とされている。また、ルフィ以外の登場人物にも『ONE PIECE』との共通点は、ほぼない。

この微妙な設定変更には当然理由がある。実はこの短編が発表された1996年に、尾田栄一郎氏は『ROMANCE DAWN』という同タイトルの読み切りをもう一作描いているのだ。作者曰く「あまりにONE PIECEのプロトタイプだった」というこの作品には、ルフィが憧れる大海賊・赤髪のシャンクスや、酒場のマキノが登場しており、その体裁はまさに「本編の短縮版」。

『WANTED!』を刊行するにあたり、どちらの『ROMANCE DAWN』を掲載するか悩んだ尾田氏は、あえて本編と設定の異なる前者の物語を選ぶことにしたようだ。

ちなみに、シャンクスやマキノが登場するもうひとつの『ROMANCE DAWN』は、キャラクター解説本『ONE PIECE RED』に収録されている。内容が気になるというかたは、ぜひ読み比べてみてほしい。

 


侍リューマの生前を描いた“竜斬り漫画”『MONSTERS』


『ONE PIECE』を読んでいると、読者への挑戦とも取れるような小ネタがいたるところに仕掛けられていることに気付く。その最たる例が、隠れキャラ的に登場する謎の超人「パンダマン」だ。思いがけぬ場面で登場する彼を見つけ出そうと、穴があくほどジャンプの誌面を睨んだ経験があるのは僕だけではないはず。

そんな作者の粋な「挑戦状」は、十年以上の時を経て読者のもとに届くこともある。たとえば『WANTED!』に収録されている“竜斬り漫画”『MONSTERS』の主人公・リューマは、後に『ONE PIECE』本編でゾンビとして登場している。魂を失い、その強靭な肉体を利用されて蘇ったリューマは、「大昔に竜を斬った侍」としてルフィたちの時代でも語り継がれる伝説となっていた。

そんな彼の生前の姿が描かれた『MONSTERS』をいま読み返すと、少しだけ切なく、悲しい気持ちにさせられる。

義を重んじる侍・リューマが巨大な竜をぶった斬るというストーリーは爽快そのものなのだが、彼が後に病死し、その屍を海賊に利用されてしまうという運命を知った今となっては、無常な世の道理を見せつけられているようで胸がクッと締め付けられるのだ。

尾田栄一郎氏は、登場人物の過去を丁寧に描く漫画家だ。たとえそこにある物語が救いようのない悲劇であったとしても、読者は「人生の文脈」を知ることで初めて登場人物に感情を乗せることができる。そんな尾田流演出術の十八番を味わえるのも、この短編集の醍醐味かもしれない。

 

ここで紹介した二本のほかにも、『WANTED!』に収録されている作品はどれも名作ばかり。西部劇テイストの表題作『WANTED!』のほか、スリ師の主人公がひょんなことから自身の運命と対峙することになる『神から未来のプレゼント』や、坊主と鬼の戦いを情景的な風景描写とともに描く『一鬼夜行』など、どれを読んでもハズレなしだ。

大型連休を前にしたこの時期、ジャンプの合併号に肩を落としているかたは、こちらの短編集を楽しんでみてはいかがだろうか。

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