「大切なのは義理と人情だぜ―」望月ミネタロウと山本周五郎が『ちいさこべえ』で紡ぐ大人への階段の登り方

中原 由梨2016年04月26日 印刷向け表示
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  私に望月ミネタロウ語らせるとちょっとうるさいよ。いや、ちょっとじゃないかもな。まぁそれなりにうるさいから覚悟しとけ(from関白宣言)
…という訳じゃないけど、“熱い”を超えた“熱苦しい”気持ちがいっぱいあるのは事実。『バタアシ金魚』でカオル君にずきゅーん!とヤられてしまった高校時代。『お茶の間』を読んで、仕事にくじけそうな自分を励ました20代。『鮫肌男と桃尻女』で文学を感じた事。リアルタイムで読んで死にそうになった『ドラゴンヘッド』。どれもこれも自分の血や肉になっている、と言っても過言ではない。

 そんな望月ミネタロウが山本周五郎の原作をもとに描いたマンガ。それが『ちいさこべえ』だ。なぜ今回この作品を取り上げようと思ったかというと、熊本・大分の震災のニュースを聞いた時、私はこのマンガのことを思い浮かべたからだ。

 その理由を説明する前に『ちいさこべえ』の物語に触れると、主人公は工務店「大留」の若棟梁、茂次。読書が好きで、大学卒業後は世界中を放浪していた過去があり、外見はヒッピー風のひげもじゃ&長髪。そんな茂次は出張して大工仕事をしている時、実家がある「一の町」で火事がおきて両親をいっぺんに失ってしまう。そして、火事のあと「大留」の弟子たちの世話をするため、家政婦として雇われた幼馴染のりつ。りつは、火事で焼け出された身寄りがない町内の子供たちを引き取り、「大留」の家で世話を始める。

 焼け出された後の「大留」一家は、倒産の危機にも襲われるし、子供たちは憎たらしいぐらい可愛くなくて邪魔しかしないし、仕事が立て直したか?と思ったら建設途中の客先の家はまた火事になるし…で全く落ち着かない。茂次もりつもその度に悩みながら自分なりの答えを見出してゆき、やがて二人は結ばれる。

この物語にはいくつもテーマがあって、それらが繊細に紡がれているのだが、大きなテーマは「大人になる」ということだと思う

 「大留」一家は、茂次やりつも含めて全員がほぼ天涯孤独の身だ。「誰にも頼らず再建する」と意地をはる茂次も、強情で女としてのコンプレックスがあるりつも、大人に心を開けない子供たちも、登場人物はとにかく全員素直じゃない。ただ、周囲から良かれと思ってる助けが、実は相手もギリギリな状況で差し伸べてくれている<助け>であることを理解しており、相手を思いやって片意地をはっている事が後に明らかになる。それもこれも表現方法が全員不器用すぎだから誤解されるのだが、あまりにも子供というか人間らしい。
 

火事跡地の焼けた家の施工をギリギリな低価格で請け負った茂次は言う。「今 困っているのは、住んでいた家がなくなって、それでも頑張って生きている人達だろう?」「皆 早く住んでいた場所に戻って、元のような暮らしがしてえんだ」と。

 『ちいさこべえ』は茂次とりつが、戸惑いながら、迷いながら、誰かの手にひかれ、やがて誰かに手をさしのべる。そんな風に大人になる物語だ。

誤解を恐れずにいうと、地震のニュースを聞いて、『ちいさこべえ』のある言葉が真っ先に浮かんだ。原作にもないセリフ、最初に子供たちを追い出そうとした茂次にりつが言いかけて止めた「あなたが あの子達の立場でなくてよかったわね…」の後の「薄情者」「人でなし」という言葉。これは無自覚で無責任な私たち読者全員にも向けられている鋭い刃であろう。
 

 確かに、あらゆるものは壊れる。なんの前触れもなく、あまりにあっけなく、突然に。途方もない力ですべてが無くなることがある。あらゆるものが壊れても、そこに想いがあれば、きっと再び立ち上がることができる。季節のうつろい、誰かのために握られるおむすび、周りの人の温かい目…。そんな些細な日常の営みや人の想いが、だれかの手を引いて未来へつながる道になる。『ちいさこべえ』を読むとそんな気持ちにさせられる。

 今の熊本・大分には『ちいさこべえ』の登場人物たちのように沢山の寄る辺なき人達たちがいるに違いない。願わくば、誰かの温かい手を感じて安心できますように。みんなが少しでもゆっくり眠れる日がきますように。東京で出来ることをしながら、本当に心からそう祈っている。

(画像はすべて『ちいさこべえ』/望月ミネタロウより引用)

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作者:望月 ミネタロウ
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