「不運と不幸はなにが違う?」 隔離病島で"死"に問いかけて得た答え『Final Phase』 人生は、自分の力で切り開けなくなることもある

宮崎 雄2016年05月17日 印刷向け表示
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数ある選択肢の中でどれかを自分で選び取って、その結果が誤っていたのなら救いがあります。次に同じようなことがあったときに、間違いませんから。でも、正しい選択肢があることにすら、あるいは選択問題を出題されていることにすら気付けなかったとしたら。
人はその過程を不運といい、その結果を不幸と言うのかもしれません。『Final Phase』は、そんな不運と不幸に抗う人たちの物語です。
 

Final Phase (PHPコミックス)
作者:朱戸アオ
出版社:PHP研究所
発売日:2011-12-23
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都心沿岸の埋め立て島、潮浦。この島の病院から物語は始まります。
その日は、風邪での受診がすこし多めなことを除けばいつもの日。 

しかしその夜、“風邪”だったはずの人たちが次々と急患で担ぎ込まれ、半数以上が亡くなってしまいます。昼に訪れた、咳こみがちな人たちがかかっていた病は、風邪ではありませんでした。

病理解剖で死因は判明するものの、原因が突き止められず、その後も死が続く潮浦地区。医療者である主人公たちは、収束のために奔走します。しかし奮闘むなしく、感染拡大防止のために島と陸をつなぐ橋が封鎖され、住民たちは隔離状態になってしまいます。
その有様はまさに『死の舞踏』の舞台。
『死の舞踏』はペストによって人口の半分が失われたとも言われる中世ヨーロッパを描いた美術作品です。王も、貴族も、商人も、農民も、奴隷もガイコツと踊り、身分に関係なく苦しんで死んだ時代。
封鎖された潮浦でも、同じ。社長も高校生も、やさしいお姉さんも。平等に死に連れてゆかれます。


病気がつらいのは、死や、あるいはそれに近い苦しみが、自分の道を自分で切り開くという人生の王道を台無しにしてしまうからだと思います。他人を粗末に扱えば粗末に扱われます。でも病気はいくら善いことをしていても、なるときはなります。ふつうは原因特定なんてできませんし、できても後悔しかありません。その不運は、傍から見ているだけでもつらいものです。
『Final Phase』では、主人公たちも不運の例外ではありません。しかし、彼らは道を切り開くことはやめなかった。

お腹を温めて風邪に気をつけて生きていくことはできても、絶対に風邪にならない生き方はできません。『Final Phase』は不運にも風邪をひいたとしても、不幸に負けずに治すための道を切り開く強さを教えてくれます。

※画像はすべて朱戸アオ『Final Phase』(PHP研究所)より引用しました。

同じくウイルス感染医療モノがお好きな方は、同じく朱戸アオさんの『ネメシスの杖』もオススメです。こちらはサスペンス色強めです。

ネメシスの杖 (アフタヌーンKC)
作者:朱戸 アオ
出版社:講談社
発売日:2013-09-20
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そしてウイルス感染モノとボードゲームがお好きな方はパンデミックがオススメです。

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