イチローは合理性が嫌いだった?『わたしは真夜中』から学ぶ大切なものにたどり着くための方法

牧 拓海2016年05月25日 印刷向け表示
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わたしは真夜中 (1) (バーズコミックス スピカコレクション)
作者:糸井 のぞ
出版社:幻冬舎
発売日:2014-07-24
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僕は"割のいいもの"が好きだ。同時に"意味のあること"をしたいとずっと思っている。だから楽しくない二次会とか、結論の出ない話が嫌いだ。ただ「僕がやってることはそんなに意味があることなのか」と時々虚しくなることがある。そんな虚しさを埋めてくれたのが、この作品『わたしは真夜中』だ。作者の糸井のぞさんは、クールなタッチで熱い感情を繊細に描くのに定評がある。僕はこのマンガを読んで何度も夜の公園に足を運び、考えごとをした。

図書館司書の夜野とばりはバツイチ子持ち。ある日、勤務先の図書館で青年と知り合う。そんな青年に突然「今度、一緒に寝てくれませんか?」と訳のわからない頼みごとをされ、添い寝をする関係となる。

主人公のとばりは、その純粋さから様々なものを失ったことを後悔している。しかし夫に浮気されたことや、息子の誕生日は覚えていなかったりもする。正直僕には、彼女の中の大切さの境界線がわからなかった。だがそのファンタジーな存在感で、周りと変わった距離感を保つ彼女の姿はとても自由に見えた。作品の問う恋愛や人間関係、その中に隠された大切なものの基準は何なのか。そんなことをモヤモヤと考えていると、物語の中盤にこんなシーンが僕の手を止めさせた。

主人公の息子が学校の昼休みに、ある女の子に話しかけられて迷惑だと言うシーンだ。
掃除の時間にその女の子の悩みを聞き流していると、その子はすべて聞いてくれたのかと勘違いをして親しく接してくるようになる。掃除に限らずいつもそう接せられるので、息子は自分の時間が奪われて無意味な時間になってしまうとこぼす。すると叔母がこう言うのだ。

「無意味でいいじゃない。この世のほとんどのことは無駄で無意味で無価値なことをひたすら繰り返してるだけなんだから。」 



「ほんとに大事なことはその無意味なことの中よ。よく見てごらん、そして自分の手でつかんでみなさい。そうして手にした人にしかわからないことがあるの。怖がらず億劫がってないで、楽しめばいいのよ」

この言葉にやられた。世の中や自分のこともよくわかっていない18歳に何が大切で、何が無意味なのか区別がつくのか。どこかでそう思っていた自分に出会えた気がした。息子が何かを考える時間は、その女の子の悩みと端から見たら大差ない。しかし当の本人からすれば、そんな訳がないと思って当たり前だ。僕だってそう思うだろう。

ただ確かにそんなものだ。どうせ無意味なら…これは意味があるから…なんて昔は考えずに、何かに熱中していた。割に合うなんて考えずにやっていた吹奏楽部の活動は、僕の人生を大きく変えた。演奏して、鑑賞して、ライブに行って...音楽を僕は一生楽しむだろう。意味があるかなんて考えずに始めた部活は、友達との距離感や価値観の違い、一生の楽しみを与えてくれた。
それとは逆に、意味があると思ってやったことは想像より浅かったりする。自炊のためにやり始めた料理はある程度まで出来るようになったが、突き詰めようとは思わない。恐らく僕はこのまま料理に関して、大切なことを知り得ずに終わるだろう。

かの大選手イチローはあるインタビューでこう答えている。「無駄なことって 結局無駄じゃない。」「あとから思えばすごく無駄だったな、ということはすごく大事。」
彼は合理的に物事を進めることを批判している訳ではない。ただ、その途中にある様々なことを切り捨てるなと、その失敗から深みが生まれるのだと言っている。あのイチローですら、無駄があるのだ。そしてそれを大切に思っている。

確かに18歳の僕は好きな人には、有意義かどうかなんて無視して時間をかけるし、好きなマンガは貪るように読む。いつも頭の片隅に「意味はあるのか」と張り付いていた言葉が、あっさり外れた気がする。僕の中の大切さの尺度はまだまだ揺れるだろう。ただ僕がその意味を決めなくていいんだ、そのうち分かるから楽しめばいいんだ。そう思わせてくれる懐の広さを、この作品は持っている。

楽しめばいいのよ、この言葉を心のうちに止めておこうと思い、また公園に足を運んだ。

 

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作者:糸井 のぞ
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片桐安十郎2016.5.27 13:26

初レビューにも関わらずこんなにも素晴らしいレビューを書く牧さんは凄いなと、とても感心してしまいます。 何かと大変かと思いますがこれからもレビュー頑張ってください

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