子育てママに「生きづらい」と言わせてしまう不寛容で排他的な社会は変えていかなければならない。『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

工藤 啓2016年06月15日 印刷向け表示
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保護者の方々はどのような気持ちなのだろうか。なんとなく周囲と異なることの多いわが子が「発達障害」かもしれないという事実を突きつけられたら。

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』


いま振り返れば、物事が思い通りにいかないと廊下に寝転んで泣き、怒りに任せて物を投げていた小学校のクラスメートがいた。突然、椅子から立ち上がり号泣しながら教室の外へ走って出て行ってしまう同級生も中学にいた。あの当時、彼らは“ちょっと変わった友人”くらいの認識だった。ときどき癇癪を起したり、泣き出したりすることはあるものの、学校生活の一風景のなかにとけ込み、いまとなってはあったような、なかったような程度の記憶だ。

学校であれ、職場であれ、人間関係に悩み、社会生活に生きづらさを抱えている子どもたちや若者に関わっていると、特にこの10年「発達障害」という言葉が頻繁に飛び交うようになったそれまでも特定の専門分野では使われていたが、会長を務めている保育園の保護者会でも会話の中に登場し、高校生や大学生の日常会話でも、一部揶揄的な活用方法を含みながらも、発達障害という表現が使われている。

(定義引用)
「発達障害者支援法において、「発達障害」は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されています。」(引用:厚生労働省

 

『厚生労働省 政策レポート「発達障害の理解のために」』

 

厚生労働省のサイトでは、「発達障害者支援法」における発達障害の定義や説明図を示しているとともに、さまざまな発達障害に分類される特性ごとの事例や、発達障害にまつわる数々の「誤解」事例と回答が記載されている。もし、発達障害に興味や関心があればぜひ読んでほしい。

(事例引用)
・障害の予後についての誤解
「発達障害は能力が欠如しているから、ずっと発達しない」
「発達障害は一つの個性なので、配慮しないままでもそのうち何とかなる」

ここで記載されている複数の誤解事例はここかしこに溢れている。しかしながら、本当に関心がなければ、回答にあるようなことまで調べることはないだろう。この誤解を紐解いていくこともまた、生きづらい社会を変えていくために、私たちができることである。


ちなみに、発達障害についてはさまざまな統計調査があるが、文部科学省が2012年に行った調査結果では、発達障害の可能性のある児童生徒の割合は6.5%という数値もある。通常学級に通う児童生徒対象のため、特別支援学校などに通っているケースは入っておらず、また、教職員が見立てたデータであり、医師の診断を受けた割合でもないことに留意したい。(参考:文部科学省「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」

さて、近年になって認識が広がってきた発達障害という言葉であるが、例えば、貧困問題や生活困窮者、ひきこもり状態にあるひとの事例でも必ずと言っていいほど、その一因として発達障害の特性が挙げられる。刑務所や少年院の文脈でも同じだ。

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』は、発達障害の長男と次男を抱え、そして著者ご自身も発達障害であることが徐々に明らかになっていく。生まれてからなかなか首が座らず、寝返りもしない。激しい癇癪があり、言葉もなかなか出て来ない。会話の際に目も合わない。限られたものしか食べない偏食、終わらない夜泣きに、母親も子どもも疲弊していく。ほんの少しの息抜きも、医師からは虐待の可能性を示唆される。

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

 

そんななか発達障害という言葉に出会う。わが子が他の子となぜ違うのかが知りたい。発達障害でない理由を見つけたい。書籍を読み、ネットを検索し、少しでも安心できる情報を探せば探すほど、つらい情報ばかりが心に突き刺さる。その不安を払拭しようと情報を探す。医学的に否定されていても、当事者からというネットの書き込みにあった「発達障害は遺伝する」という間違った情報に絶望しかける。

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

ママ友に誘われて参加した、いや、参加しようとした地区運動会でも息子はパニックを起こしてしまう。大きな癇癪で母親も制御できず、逃げるようにその場から立ち去るしかない。涙と共に。

 

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』

本書は、生きづらさを抱える親子の話ではある。しかし、彼女たちが生きづらいのだろうか。私には、不寛容で、ときに排他的なこの社会こそが彼女たちを生きづらくさせている原因であるように見える。例えば、運動会のエピソードのなかで母親は言っている。

「楽しみにしていたのに。やることが事前にわかってたら、説明できていたら、長男は運動会を楽しめたかな」

発達障害の特性のなかには、定型・反復的なことを非常に得意とすることがある。その一方で、否定形で不規則に変化する状況や環境になるとパニックになってしまうこともある。多くのひとに囲まれると動悸が激しくなったりすることだってある。

「そんなことは大なり小なり誰でもある」

と思うかもしれない。そう、その通りだ。誰にでもあることだ。それが私やあなた、私たちやあなたたちより少しその”そんなこと”が大きかったり、”そんなこと”に対して不得手な項目が少しだけ多かったりするだけかもしれない。だからこそ、ひとり一人がいまより少しだけ気遣いや配慮をしていく。その広がりと積み重ねが、社会の寛容性を高め、排他性を包摂性へと変えていくのではないだろうか。発達障害に関わるひともそうでないひとも読んでほしい。なんとなく生きづらいな、息苦しいなというひとにも読んでほしい。そして少しでもいいので、生きづらいと思うようなことがないひとが増えていくよう、誰もが生きやすい社会を一緒に創っていきましょう。

『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』


 

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