『神経ハイジャック もしも「注意力」が奪われたら』 訳者あとがき

英治出版2016年06月21日 印刷向け表示
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神経ハイジャック――もしも「注意力」が奪われたら
作者:マット・リヒテル 翻訳:三木俊哉
出版社:英治出版
発売日:2016-06-21
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運転中に携帯メールをしていた青年が悲惨な事故を起こしてしまう― それが本書成立の大きなモチーフになったできごとである。そして本書は、「悲惨な事故」のいきさつや顛末を追った人間ドラマであると同時に、その原因になった「運転中の携帯使用」に関する最新の研究や知見を追った科学ルポでもある。それらを支えるのは膨大な取材活動だ。

とまあ、簡単にまとめようとはしたものの、本書の中身や味わいをひと口で説明するのは難しい。もちろんノンフィクションにはちがいないのだけれど、筆者の語り口は小説的でさえある (少なくとも私にはそう感じられる)。事故を起こした「主人公」レジー・ショーを中心に、じつにさまざまな関係者の思いや行動、体験がビビッドに語られる。

研究者への取材も幅広く、これもビビッドだ。(携帯デバイスをはじめとする)テクノロジーと脳の関係をめぐる最新の研究動向が、箇条書き的な情報としてではなく、生身の科学者の確信や迷いも含めたメッセージとして伝わってくる。

子どものころ、本書でいう「テクノロジー」に相当するものといえば、テレビと電話(それも黒光りする、あの固定電話)くらいしかなかった。しかも幼少時の記憶をたぐり寄せると、テレビ は最初白黒でチャンネルをがちゃがちゃ回すやつだったし、電話は近所でいち早く導入した家庭で借りるなんて時期も当初はあった。牧歌的といえば牧歌的な時代だったのかもしれない。

でもいまはコンピュータが一般家庭にまで行き渡り、電話もスマホなどの携帯がむしろ標準になった。パーソナルなコンピュータに、パーソナルな電話。それらのほとんどはインターネットに接続したり、メールなどのメッセージをやりとりしたりという機能もそなえている。とくに若い世代はそうしたテクノロジーをまるで空気のように当たり前の存在として受け入れてきた(あるいは受け入れざるをえなかった)。

ネットサーフィン、検索、オンラインゲーム、電子メール、テキストメッセージ、チャット、 ソーシャルメディア......。言い方を換えれば、現代人はつねに何かとつながっている。

アメリカの成人の64%が運転中に携帯メールをしたことがある。

本書にそういう調査データが出てくるのを読んで正直びっくりした。64%、3人に2人という数字にも驚きだが、運転中にメールなんていう「離れ業」がそもそも可能なのだろうか(とつい思ってしまう)。

一方で、これと同じ調査によると、アメリカの成人の89%が運転中の携帯メールは違法にすべきだと考えているらしい。9割近い人がやってはいけないと思っているのに、6割以上の人がやってしまう― わかっていてもやめられないという構造なのだ。

これは怖い。頭では理解しているつもりでも、結果として多くの人がやってしまうのだとしたら......。私自身は携帯電話で文字を打つのが限りなく苦手で、運転中でなくてもなるべく避けているのだけれど、それでもまったくの他人事とは言っていられない。運転中に(緊急かもしれない)電話がかかってきたらどうするか? あるいは大事なメールを仕事相手に返信しなければならないと思い出したら? 車を運転するかぎり、それは「900キロの鋼鉄の塊」なのだ。

本書の登場人物たちも、他人事ではない、レジーだけの問題ではないという気持ちを心の片隅にいだいている。渋滞で議会に遅れそうになったので運転しながら秘書にメールを打ち、あやうく前の車にぶつかりかけた州議会議員。始終携帯をいじっている娘を思い出し、もともと運転が荒っぽいあの子のことだから運転中にメールもしているのではないかと心配する検事。

さて、あなたは― ?

多くの研究者が推奨するのは「脳の休息」だ。最先端のテクノロジーが生活の隅々にまで浸透し、情報があふれ、人々が関係性のなかで溺れかねない時代には、脳の処理能力がこれに追いつかず、オーバーフローを起こしてしまう。だから脳を休めること、キャパシティに余裕を持たせ ることが重要になるという。

実際、人口密度が高い都会と、自然が豊かな田舎で情報の学習・記憶能力を比較した研究では、後者の被験者のほうが成績がよかったらしい。自然のなかでは脳の情報処理量が少なく、出された課題に振り向けられるリソースがそのぶん多くなるからだ。牧歌的な環境も悪くはない。

誰もが程度の差こそあれ例外ではいられない― 他人事とたかをくくっていられない― 現代のテクノロジー社会において、本書が投げかけるテーマは重い。重いし、危うい。脳にかかる負荷を適度に抑えないかぎり、本書に描かれるような悲劇がまたくり返されるのだろうか。人はふつう、「脳にかかる負荷」みたいなことを意識せずに暮らしているから厄介ではあるのだが、つながりもほどほどにしないと人間どこかでしっぺ返しを食うのかもしれない。

さっきも本文から引用したように、自動車そのものが危険な「鋼鉄の塊」である。一歩間違えば、とてつもない事態や結末を引き起こす。あなたが(私が)乗っているのは、そういう凶器な のだ。

「運転するときは携帯電話をしまってください。スイッチを切り、しまってください。それで誰かの命を救えます」

不幸にも悲しい事故を起こしてしまった、若きレジー・ショー。彼がこの一見簡潔ながらも重要なメッセージを獲得するまでにたどった物語を、本書ではきわめて親密に追体験することができる。その物語があるからこそ、シンプルなメッセージにも生命が吹き込まれる。レジーだけではない。本書には不幸や逆境から立ち直り(あるいはそれらとどうにか折り合いをつけ)、その先へ進もうと手探りする人々がほかにも登場する(事故の被害者遺族ももちろんそこに含まれる)。そんなさまざまな人たちの物語が縦糸だとすれば、100年以上の歴史がひもとかれる「注意の科学」の物語が横糸だろう。

機会を見つけて、身近な人ともぜひこの物語を共有してみてほしい。私もそうしたい。そうすれば本書が世に出た意味が少しなりとも増すと思うから。

2016年5月 三木 俊哉

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