『さいはて紀行』珍スポットのデスティニーズ・チャイルド 解説 by 都築 響一

シカク出版2016年06月18日 印刷向け表示
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タイトル
作者:金原 みわ
出版社:シカク出版
発売日:2016-05-10

1990年代に『珍日本紀行』の取材で日本中を走り回っていたころから、もう20年が経つ。そのあいだに無くなってしまった場所も、新しく生まれた場所もたくさんある。「珍スポット」という言葉も一般的になって、テレビ番組まで出現した。あのころはインターネットすら一般的ではなかったから、旅行する前に各地の「珍スポ」をググる、なんて時代が来るとは想像すらできなかった。

あれから多くの珍スポット愛好家に出会ってきた。その多くはハンターであり、採集者であったから、書籍にしろウェブサイトやブログにしろ、その報告は対象である珍スポットや奇人変人と一定の距離を置いた、客観的な報告であろうとすることがほとんどだった。 上から目線のゲスもいたし、リスペクトを込めた下から目線のファンもいた。でも、そこにはいつも守るべき一線が引かれていた。

ここに、そうじゃないひとがいる。金原みわさんの「報告」を最初に読んでから、まだ2年かそこらしかたっていないと思うが、そこには僕や、多くの珍スポ・ハンターがけっしてできないことが書かれていた。一線を引くのではなく、一線を飛び越えて対象に近づいていこうという熱情だ。

いや、熱情とかじゃないかもしれない。ことさらに近づくというよりも、最初はおもしろがって見に行くだけなのに、気がついてみればどんどん引き寄せられ、色に染められ、 感化されていく・・・変な例えだけれど、知らないうちに好きにさせられて、一緒に寝そうになっている自分に気がついて愕然とする・・・そういうこころの動きが、踏み込み方の足取りがそのまま文章化されていて、これはぜったいに僕には書けないと打ちのめされた。こんなふうに、出会いを運命として、その流れにあえて身を任せることは、僕にはできないから。彼女はそういう「運命の子」なのだろう。

金原さんの文章を読むものは、あたかも自分が彼女の分身となって、そのすぐ脇で彼女と同じワクワクやドキドキを体験している気持ちにさせられる。なぜならそれは、金原さんが一行一行、ゆっくりと考えながら書いている、というよりも書きながら考えているのが、すごくよく伝わってくるから。

一緒に寝てもいいくらいの相手だから(いや、比喩として)、そこにはなんともいえない暖かみや親密さがあって、それがそのまま「惹かれていく過程」としてパーソナライズされている。珍スポットや奇人変人をこんなふうに書けるひとは、滅多にいない。

金原みわさんは最近、僕の週刊メールマガジン「ROADSIDERS' weekly」でも書いてもらえるようになって、その紹介文でも触れたのだが、彼女はプロの書き手ではない。その文章力はたいしたものだけれど、実際は生活のための仕事をしながら、趣味でいろんな場所に行ったり、いろんなひとを探して会いに行ったりしているだけだ。

現代は歴史上もっとも、だれもが文章を書く「筆まめ」時代なので――だって「これについて思うところを140字で述べよ」というような問題があるとして、Twitterを書いてるひとだったら簡単だし――「いまの若者は本を読まない」とか「文章力がない」なんて、大ウソだ。

若者の書く文章がダメなのではなくて、文字の多くがもう活字ではなくディスプレーで読まれる時代にあって、文章の書きかた自体がすでに往年の「名文」とは異なる次元に突入しつつあるのではないかと、Web上で自分の文章を発表しながら、つくづく思う。

デジタルカメラやデザイン、イラスト、ペイントソフト(そしてもちろん映像や音楽も) がそうであったように、コンピュータとインターネットは「文筆」の高い敷居を一挙に無くしてしまった。だれもが簡単に名文を書けるようになったわけじゃない。でも、立派な万年筆や原稿用紙や広辞苑を持っていなくても、何万字も漢字を知っていなくても、文章を書き始めて、それをひとに読んでもらうことは、もうだれでもできる。SNSやBlogサービスから自費出版のZINEまで。ただ、その先に続く奥が深いだけのこと。

文章を書く、という行為は昔からだれでもできたにしても、それを「発表する」ことが、ほんの少し前まではプロだけに許された特権だったことを、僕らはもう思い出すことすら難しい。

そういう時代にあって、自分よりもたくさんの珍スポットを巡ったり、たくさんの奇人変人に会っているひとはいくらでもいるのだけれど、正直に言うとそういうひとたちは怖くない。刺激されるだけ。でも、金原さんのように、僕には絶対にできないやり方で、対象に寄り添うことができるひとは、心底怖い。

ときどき「新しい記事をアップしました」と教えてもらって、金原さんのBlogへのリンクをクリックするのは、もちろん楽しみではあるけれど、同時にすごく緊張する。だってそれはおもしろいとあらかじめわかっているのだし、悔しいし、追い越された焦りにいてもたってもいられなくなるに決まってるのだから。

都築 響一 

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