ZOZOTOWNの前澤社長がバスキアの絵を63億円で落札した。日本にバスキアは現れるのか。『デルタ ヨコとフミとクドウのこと』
 

芳野 まい2016年07月05日 印刷向け表示
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デルタ ヨコとフミとクドウのこと (リュエルコミックス)
作者:遠藤 道男
出版社:実業之日本社
発売日:2015-10-30
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ZOZOTOWNの前澤社長が 現代アート作家バスキア(1960-1988)の絵を63億円で落札した。

27歳でヘロインのオーバードーズで死んだ作家が、自分自身を角の生えた悪魔として描いた絵。その画像をネットでたまたま目にしたなら、好みはひとまず置いて、ふつふつと疑問が湧いてくるだろう。「これがそんなに、高いのか!!???」

バスキアは、ハイチ出身の父とプエルトリコ出身の母の息子としてNY市ブルックリンに生まれる。地下鉄や建物へのスプレーペインティングから表現活動を始め、アンディ・ウォーホールなどアート界のセレブや力のある画廊に積極的に近づき、やがて現代アート界最初の黒人の「スター」となった。およそ9年の活動期間に残した絵は、3000枚。美術の専門教育は受けなかった。

ある種の作品がとっても高いのは、なぜか?なぜあるアーチストは「スター」になるのか?疑問を持った人におすすめは、マンガでないが『ピカソは本当に偉いのか?』。この本に出てくる「疑問」はいずれもそのまま、バスキアの絵の画像を見たら湧いてきたかもしれない疑問だ。

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一、    この絵は本当に美しいのか?(どこが上手いのか?)


二、    見る者にそう思わせる絵が、どうして偉大な芸術だとされるのか?


三、    かりに偉大な芸術としても、その絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?



四、    ピカソのような絵であれば、誰でも描けるのではないか?


五、    そういう絵を偉大とする芸術というものは、どこかおかしいのではないか?


六、    そういう芸術にあれほど高値をつける市場も、どこかおかしいのではないか?

『ピカソは本当に偉いのか?』より
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常識を持った人間なら疑問だらけになる現代アート。さらに(ある種の資質、システム、時代が「スター」をつくることがわかったとして)「それでもやはり、スターの作品にはなにか特別な力があるのか?」とか、(バスキアが専門教育を受けていないことを知れば)「あんなにたくさんの美大は、なんのためにあるのか?」と疑問の止まらない人におすすめが、マンガ『デルタ ヨコとフミとクドウのこと』。作画は『めしばな刑事タチバナ』の旅井とり。

ストーリーは、若くして美大の教授となり国内で成功を収めつつある今彼ヨコ(年長者に気に入られやすい優等生型)、アート界の世界的スターとなった元彼クドウ(東北の田舎から出てきて、美大も専門も出ていない独学型)、二人に愛される女子フミ、の三角(デルタ)関係。クドウのキャラと作品は、バスキアのそれに重なる。


作画:旅井とり 原作:遠藤道夫『デルタ』

原作者によれば、最初から日本のアートシーンに対する批評性を込めた作品にしよう、として生まれた。「心理がわからない」とAmazonレビューの星はとても少ない、が、そういう批評を込めた作品だと知れば、俄然、読み応えがある。現代アートにはまった原作者が、国内外の大量のアートをみてまわっているうちに感じた、日本のアートシーンに対する「もどかしさ」が、原動力だ。一応ヨーロッパが専門で、現代アートの美術館を職場とする(美大で教えてもいる)身からすると、そのくくりはあまりに乱暴な、という部分もある。でもそこが、痛いし、面白い。

「それにしても… 」「ジャパニーズって安い金で本当によく働くよな」「ああ」「イギリスでこれはありえないな 実に勤勉で従順」「日本のアートも同じだ 勤勉で従順 つまり…」「退屈」 「クドウは例外…突然変異だったんだな」

「彼は全部むきだしで…皮膚をはいで血管と内臓まで透けて見えるような…魂の奥底と作品が直結してるような気がする ある人には幼稚で不快かもしれないけど ある人にはそれがとても正直で崇高にさえ思えて…」

たとえばアートが面白いか、人を動かすか。そうでないか。違いはどこから生まれるか?(まあ現実には人の言うことに影響されて面白い気がしちゃったり、動かされちゃったりするけれど、ちょっと真空状態みたいなものを想定してみれば)それは作家の立てる「問い」がどれだけ面白いか、人を動かすか、による。問いの力は、個人の資質もあるが、ほぼ、いつ、どこに、どんなふうにいるか、で決まる。

問いが面白く立てば、たいていは自ずと、答に近づく。でもどれだけ「答」を磨き上げても、そもそも問いがつまらなければ、むなしい。

じゃあ、ゴッホやバスキアの絵にどんな「問い」が立ってるんだ?といえば、それがことばで(”(How to) Think Different(?)“とかね)簡単に言えるなら、彼らはそもそもアートなんかやる必要はなかったわけで、批評家や研究者がせっせとその作業をしている。でも絵を見る人はそこに、なにかものすごく面白い、ものすごいエネルギーを秘めた問いが立っているように感じる。そして自分にもなにかそういう問いを立てることができるんじゃないか、なら人生って(苦しいけど、)楽しいかも、となんだか元気が出てくる。それが、アートの力だ。

「問い」か、「答」か。

フミみたいな女子が、安定と「しあわせ」の答を選ぶか、圧倒的な問いの「面白さ」(もれなくいろんな面倒が付いてくる)を選ぶか。それはたいていその時の、「残余体力」による。老若男女、人生には何度も、そういう選択の場面がある。そのたび、残余体力にしたがって、あっちを選んだり、こっちに転んだり。ドラマになる。

『デルタ』に登場するアートは、原作者が現代アートの作家とともに取材を重ね、構想し、スケッチしたものを元に作画者がマンガにした。クドウのキャラは、東北弁とともに、三つ編みが可愛い。これはテーマである「デルタ(三角形)」を、髪型にも、込めてみたそう。

シンプルに「ローカル」vs 「グローバル」の話として読んでも、おもしろそう。
 

ピカソは本当に偉いのか? (新潮新書)
作者:西岡 文彦
出版社:新潮社
発売日:2012-10
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銀座の画廊経営
作者:野呂洋子
出版社:ファーストプレス
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↑日本の洋画はなぜ世界で通用しないのか?IBMのエンジニア出身で、日本の美術業界の慣習に対して非常に戦闘的な画廊経営者の本。 

勝つための論文の書き方 (文春新書)
作者:鹿島 茂
出版社:文藝春秋
発売日:2003-01-20
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 ↑鹿島先生:論文もビジネスも、勝つための極意は「(よい)問いを立てること」。 

 
↑セレブや力のある画廊に積極的に近づき、利用し、利用されながら、アート界初の黒人スターになったバスキア。それで利益を得る人がいなければ、「スター」は生まれない。『デルタ』のクドウも同じく。スターのおかげで業界には「華」「勢い」が生まれる。歴史的には「黄金時代」がやってくる。

↑ジャック・ベッケル監督の「偽れる装い」。恋愛ものとしてみると陳腐だけど、ストーリー全体がオートクチュールのシステムのメタファーだと観れば、こんなに面白い映画はない。『デルタ』の「恋愛」も、アートとそのシステムのメタファー。「問い」か、「答」か、の三角関係。だからリアルじゃなくても、「心理」に入り込めなくても、ぜんぜんいい。そういう一見つまらない「恋愛モノ」ってけっこう、ある。

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