イノベーションは「儲かるぞ」ではなく「喜ぶぞ」で生まれる 『本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』

佐藤 茜2016年07月04日 印刷向け表示
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先日、中小企業の社長複数名とお酒をいただく機会があった。社長達曰く、怖いのは「経理担当者に持ち逃げされること」とのことだった。そうかそうか大変だなぁ、と他人事で聞いていたが、しかし、ある会社の社長は、会って数回目の赤の他人に会社の実印と経営権を預け、渡したきりで以降も見た事がなかったという。

その社長は、本田技研工業(ホンダ)の創業者、本田宗一郎。
預けた人はもちろん、名参謀・藤沢武夫だ。

本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』毛利甚八 (著), ひきの真二 (著) 小学館 174P 

この物語には、そんな、通常では考えられないようなエピソードが凝縮されている。本田宗一郎のエンジン音を聞いただけで不良箇所がわかる天才性や、整備不良があるとスパナで殴るような苛烈さ、藤沢武夫の資金調達力、研究所の設立、「私の履歴書」やエキスパート制度などの先進的な組織づくり、他、マン島での優勝、F1第2期におけるアイルトン・セナとの蜜月をはじめとした連勝記録など、枚挙にいとまがない。

しかし、これら数々の偉業については、すでに多くの本や記事にまとめられているため、諸先輩方にとっては、今更この本を手に取る必要はないと思われがちだ。が、それは誤りである。

この物語には、記事や本にはない、それら輝かしい実績をうちたてるまでの”過程”が、絵付きで、会話付きで、つぶさに描かれている。もちろんマンガなので想像でおぎなっている部分がないわけではなかろう。しかし、本作は、本田宗一郎がなくなった翌年、1992年に完成したコミック評伝を再構成したものだ。下調べは1989年に開始し、関係書籍を読み込み、戦前の本田宗一郎の事跡を調べるために神奈川や浜松にインタビューに赴いたというから、かなりの正確性を持つのではなかろうか。本田技研工業の広報部も資料協力しているという。

さて、当時の空気感まで表現した本作から学べる事は一つ。異常なまでの信頼関係だ。

このつらい状況の中、果たして自分だったらここまでスパッと言い切れるだろうか。マンガという感情移入しやすい媒体になることで自分に置き換えて考えやすくなり、そして、それが、いかに難しいことであるかを実感し、その選択をしてきたホンダの先人達に打ち震えるのだ。

新しく開発したエンジンについて。言葉はいらない信頼関係。
『本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』毛利甚八 (著), ひきの真二 (著) 小学館 190P
 

アメリカ進出を狙うも、糸口が見えない部下に対しての藤沢の一言。しびれるほど格好いい上司だ。
『本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』毛利甚八 (著), ひきの真二 (著) 小学館 190P 

 

この後、ホンダは初優勝を飾る。『本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』毛利甚八 (著), ひきの真二 (著) 小学館 367P〜368P

イノベーションは、通常なら受け入れられないことが多い。前例がないからいいか悪いか判断できないからだ。今では常識となったエアバックの開発時でさえ、反対にあったというし、ソニーのウォークマンも同様だったという。

では、そんな反対にあいつつも、なぜプロジェクトが進んだのか。それはもちろん、商品自体の魅力もあるだろうが、開発を進める人自体の熱狂に魅せられる人が———「こいつなら大丈夫」だろう————という強固な信頼を寄せられていたからだろう。

ホンダは、天才・本田宗一郎個人のイノベーションから、組織的にイノベーションを生み出せるように変化していく。しかしながらそこでも、個人間の信頼関係というのは欠かす事はできない。そしてその信頼を寄せられるイノベーションの根拠は、常に「こうしたらみんな喜ぶ」という大衆への一種潔癖とも思えるような還元意識から発生してきた。

周囲から反対に会いつつもプロジェクトを進めるという、組織的には一種利己的な行為が、地球全体で見ると非常に献身的な行為になっていることがままあるということだ。

だからもし、周りから反対されたとしても、少し立ち止まってプロジェクトの意義を考えてみようと思う。これができたら、誰が喜ぶのかを。そして反対するときも、考えてみようと思う。もしかしたら、これはイノベーションなのではないか、と。 

車に興味が無い方もぜひ。
オススメです。

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実は本作、ホンダの公式動画になっているので無料で読めます。
ちょっと興味があるけどどんなかな、という方はこちらからどうぞ。
(ただやっぱり内容は削られているので、じっくり読むなら書籍をオススメします)

【Honda原点コミック】
 

 

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【参考書籍】

ホンダ イノベーションの神髄
作者:小林 三郎(元・ホンダ経営企画部長)
出版社:日経BP社
発売日:2012-07-26
  • Amazon
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 日本初のエアバッグの開発/量産/市販に成功 した小林氏による、イノベーションを起す仕組みについて。かなり詳細にまとめられているので、会社の仕組みを考えている方にもいいのではないでしょうか。

 

経営に終わりはない
作者:藤沢 武夫
出版社:ネスコ
発売日:1986-11
  • Amazon
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  • e-hon
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  • HonyzClub

 名参謀・藤沢氏の半生と経営理念について。エロ本は机に置いていてもいいけど、やり残しの書類を机に置くのはNGなんです。

 

会社のために働くな
作者:本田 宗一郎
出版社:PHP研究所
発売日:2016-03-17
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
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  • 紀伊國屋書店
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 本田宗一郎氏によるメッセージ集。大体2ページで1メッセージなので拾い読みでも可。

 

ホンダの価値観―原点から守り続けるDNA (角川oneテーマ21)
作者:田中 詔一
出版社:角川書店
発売日:2007-12
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

 ホンダの制度や理念を包括的にまとめた書籍。こちらも詳細。

 

 

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