この感情には名前を付けなくていい。おねショタのシンギュラリティ『私の少年』

マンガサロン『トリガー』2016年07月05日 印刷向け表示
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私の少年(1) (アクションコミックス(月刊アクション))
作者:高野 ひと深
出版社:双葉社
発売日:2016-06-11
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最高か……
最高だ……

良い漫画には独特の「雰囲気」が宿っています。「凝」を使わなくとも、その滲み出るオーラは見えてしまいます。『私の少年』は単行本を手に取った瞬間にそれを強く感じた一冊でした。白と淡い青を基調とし、透明感溢れる表紙の彩色。絵柄自体も美しく、力ある瞳はしかし「私」と「少年」で見ている方向が違う。二人それぞれの手の表情と距離感。「私」の方には、少年を見つめながら自分の本当の想いがどこにあるのか惑うような様態が見て取れます。シンプルに見えながら、様々な想いを馳せるこのできる表紙です。

そして、数ページ読んでその素晴らしさへの予感は確信へと変わって行きました。

膝の上には美しい少年がいる
わたしはあれから
息をしているあいだずっと
この子ばかりを思ってしまう

まず、この冒頭のモノローグ。思わず声に出して読みたくなるほどに文学的で素晴らしいものです。
「息をしているあいだずっと」という表現に宿る繊細な切実さが、この作品全体を象徴しています。

タイトルが表す通り、この物語の主軸は二人。「私」こと、スポーツメーカーでOLとして働く30歳未婚の多和田聡子と、サッカーが好きな12歳の美少年・早見真修。全くの他人であった二人が偶然出逢い、そしてやがてはこの冒頭のシーンに行き着く物語です。

環境によって傷付けられ孤独に苛まれながらも何とか人生を生きる、しかしやはり時折辛くなってしまうこともある……。等身大で飾らない人間の姿が、様々な形で描かれます。そんな二人が出逢ってお互いに寄り添い、互いの孤独を薄め合って生きて行く。何とも言えず叙情的なその様子には、たまらない感情を引き起こされます。

とにかく、聡子と真修が魅力的すぎるんです。ちょっとここで幾つかのシーンを紹介していきます。

 


この聡子さんがカワイイ!2016

・元カレが婚約者を連れて来た時の表情
聡子は、同じ職場にいる大学時代に付き合っていた元カレの椎川からことあるごとに馴れ馴れしくされており、心のどこかではもう一度やり直すことも考えていたかもしれません。しかし、ある日椎川に呼び出されて行った先の居酒屋には、可愛い女の子とお揃いの婚約指輪を嵌める椎川の姿が。日々の仕事や人付き合いに疲弊しつつ、三十路になって今後のことをより真剣に考えている時分に、この仕打ち。

「私、全然なんにも期待なんてしてなかったもんねー、おめでとー」と笑顔を取り繕うこの時の聡子の絶妙な表情が、最高に「わかるっ……!」感あります。多くの人の心を抉ってくれる良い表情だと思います。

・後日、ちょっとした復讐をして溜飲を下げる
上記のような仕打ちへの軽い復讐として、また飲もうよと誘って来た椎川に対して「是非三人で」と満面の笑みで返してマウントを取る聡子。

そして、そんな風に振る舞えた自分にGJを出す。しかし誰かに褒めてもらいたい自分に気付き、自分で自分の頭を撫でる……嗚呼。この人間臭さに共感できてカワイイです。

・iPhoneにゆらゆら帝国を入れている
アルバムそのままでなく、こだわりの感じられるラインナップがまた良い味を出しています。

ゆらゆら帝国自体、活動開始が真修の生まれる前であることや、自分が小六の時に聴いていたジュディマリの曲を真修が当然のように知らないのに世代の差を感じたことでしょう。逆に、岡本真夜のTOMORROWは合唱で歌ったから知っている、という共通点のある嬉しさに繋げるのも上手いです。

・自分のことを「おねえさん」という

「おね」で一回つっかえながらも、「えさん」と繋げる聡子。世間的には30を超えてオバサンといってもおかしくはない歳になったとはいえ、まだ自分をそう呼ぶ勇気はない。ああ、カワイイよ聡子さん……!

 


この真修くんが犯罪的にカワイイ!2016

・登場シーン

 圧倒的美少女……! いえ、美少年なんですが。一枚絵で何も言葉を必要とせず、聡子の心情にシンクロさせる力がありますね。

・本当はサッカーを続けたい
親に言われた言葉を反復して、サッカーを止めることを自分自身にも納得させようとする真修。しかし、聡子は「ここまで続けてきたのはあなたよ 終わらせるのもあなたでいいの」と意に沿わない引退を無理に受け入れることを強く否定します。

その言葉で、そう言ってくれる人が他人とはいえ存在したことで、真修はどれほど救われたか。聡子に胸を貸した後に、聡子の胸で泣き崩れる様子にグッと来ます。

・ちょんまげで応援する真修

レギュラーは取れなかったものの、チームメイトの翔を嗄れそうなほどの大声で応援する真修。そこには嫉妬などはなく、純粋に翔の凄さに感心し応援する気持ちがありました。少年の真っ直ぐさが眩しいです。ちょんまげ姿もカワイイですし、それを下ろした時もまた美人すぎます。

そりゃ変質者も声を掛けますよ。

・クラスメイトへの優しさ
真修のクラスメイトである菜緒が、体調不良で吐瀉して倒れた時。他の子たちが戸惑っている間に、一番最初に駆け付けて介助し、床を掃除してあげたのが真修でした。

何て良い子……。こういう、いざという時に親身になってくれる子ってクラスにいたよなぁ……と懐かしさと、かつて自分もすぐに助けてあげる側でなかったことへの柔らかい痛みを覚えました。ただ、それは真修にとって特別なことではなく、お礼すらいらないと思っている位「普通」のこと。余談ですが、菜緒もうさぎの「まくら」も「ふとん」もとてもカワイイです。3話「うさぎ」、大好きです。

・初めての回るお寿司
初めて見る最新鋭の寿司チェーン店の設備に目を輝かせ、そしてほとんど食べたこともないお寿司の美味しさに感動する……。

純粋に可愛すぎて死にそうですし、その裏にある12歳までお寿司をほとんど食べることもなかった人生のことを考えさせられます。歳相応にはしゃぐ部分と、老成した部分が同居するクールで優しい美少年。最高ですかー!(最高です)

・四話ラスト3ページ
一巻のラストに当たる部分。これについては、実際に読んで下さい。思わず叫びそうになるのを必死に抑えました。は、早く、早く続きを下さいっ…………!

 

と、このような感じで30歳OLのリアルさと、非現実的なまでの12歳の美少年の可愛さが高次元でハイブリッドした稀有な作品です。様々な魅力がカワイイという思いに行き着くのは、この二人があまりに庇護欲を掻き立てるからです。ただただ、この強そうで弱さを持った二人が安らいでいる空間を聖域として守護したくなる。そんな、尊さを感じさせてくれます。頼むから、誰もこの二人を脅かさないで欲しい、と。

この物語は、一般的には「おねショタ」と呼ばれるジャンルに区分されるでしょう。しかし、単におねショタという概念に回収してしまうには、あまりに勿体無い物語です。その枠を超えた魅力に溢れています。これは人間と人間の間で紡がれる、より普遍性あるテーマを投げ掛けてくる物語です。故に、おねショタ好きの人には勿論ですが、そうでない多くの人にも届いて欲しいと願います。美少年とおねショタをこよなく愛する私からのお願いです。

今は30歳と12歳の大人と子供ですが、6年経てば36歳と18歳。そうなった時、「私」と「青年」へと成長した「少年」はどうしているでしょうか。「私の少年」というタイトルから滲む、聡子の想いの矛先やいかに。全ての感情に名前が付けられなくてもいい。この二人の間の感情は、愛だとか母性だとかでわかりやすいタグを付けなくていい。

私はこの第一巻を読んで、絶対に今後も高野ひと深先生を追いかけ続けようと決めました。


まずは是非、試し読みを。 

私の少年 : 1 【無料お試し読み増量版】
作者:高野ひと深
出版社:双葉社
発売日:2016-06-07
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