あなたの選んだ政治家は、独裁者ではありませんか?水木しげる『劇画ヒットラー』

佐藤 茜2016年07月11日 印刷向け表示
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劇画ヒットラー (ちくま文庫)
作者:水木 しげる
出版社:筑摩書房
発売日:1990-08
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 選挙だったので多くの候補者がテレビで弁舌をふるっていた。
首をかしげたくなる勢いだけのものから、ぐっときてしまうものまでバリエーションが豊かだが、特に耳に心地よいものを見ると思い出す政治家がいる。

アドルフ・ヒットラーだ。

ヒットラー、このもはや説明の無い典型的な独裁者については、今更一つ一つの行為を挙げることは必要ないのかもしれない。しかし、恐慌が酷くなった1932年7月230名の議員を議会に送り社会民主党(133名)を抜いて第一党になったことを始めとして、彼の狂気が受け入れられてしまったこともあったのだ。なぜ狂人を選んでしまったのか。明確に答えられる人は、あまりいないのではないか。

その正解の一旦に触れられるのが、『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』などを生み出した巨匠・水木しげる氏による『劇画ヒットラー 』だ。ヒットラーの生涯56年分がつぶさに描かれた本作は、文庫版13万部突破のロングセラー。圧倒的な情報量で、天才的デマゴーグ(煽動的民衆指導者)と呼ばれる由縁であるヒットラーの弁論シーンも、どのような戦況下で、どのような人々の前で発せられたのか体感することができる。その話は、仮定法、対比法、暗喩法といった構文はもちろん、古代ギリシャの弁論述や、現代でいうパブリック・スピーキングで重要視される手法———ポイントを絞る、平易な言葉、ジェスチャー——なども取り入れている。


私は五年前軍病院で盲人だったとき自分自身に誓ったことを果たしたいと思う
中央政府の犯罪人どもを放逐し
現在の悲惨なドイツの廃墟の上にもう一度
偉大なドイツを再建するまでは休息も平和も求めないという誓いである!

われわれのこの闘争において結末はふたつしかありえない
敵が我々の屍を乗りこえるか
我々が彼等の屍をのりこえるかだ

ドイツ国民よ
われに四か年の歳月をあたえよ
しかるのち われわれを批判せよ

これらの言葉1つ1つに対してどう思うかは、個人差があるだろう。上記以外にも多く描かれているので、ぜひ読んで当時の雰囲気を感じてもらいたい。が、読み進めていくと不思議なのが、ヒットラーの演説がいつからか熱狂ではなく狂気としてしか認識できなくなり、「ヒットラーはもうダメだ」と思うことができるということだ。当時の兵士・民衆の絶望感は、計り知れないものがあっただろう。

降伏を禁止する
第六軍は最後の一兵 最後の一発までその位置を死守し その英雄的な耐久心によって防衛戦線の確立と西方世界の救済のために不滅の寄与をなすべきである

かつて25万の兵力は9万に減り、その9万のドイツ軍はソ連の捕虜になり、ドイツ軍の不敗神話は消えることになる。

また、本作では、ヒットラーの狂人的側面のみならず、非常にプライベートな、気の弱い男としてのエピソードが描かれており、とても意外だった。あんなにも残虐なことを煽動しておきながら、彼もまた、信じられないが、ただの人だったのだ。

(溺愛していた姪・ゲリが自殺して)
それは愛する姪を失った衝撃だろうとナチスの人々はみた
ヒットラーは衝撃からついに物断ちを決意し 
肉食を断って菜食主義者となった
彼は後年ゲリの話をするたびに 
目に涙をうかべたといわれる

(ナポレオンの墓の前で)
これがぼくの生涯の絶頂だろう
パリを見るのが小さいころからの夢だった
それがいま叶えられてどんなにうれしいか
口ではいいあらわせないよ……

本作の帯に書かれている「こんな人間臭いヒットラーみたことない!」というのは、まさにその通りだ。しかしこの人間から、多くの悲劇が生まれたのだ。

歴史は繰り返す、という。しかし、歴史から学べば、第二のヒットラーに踊らされてしまうことは避けられるのではないだろうか。熱狂と狂気を取り違えないためにも、まずは本作でヒットラーの人生を覗いてみてはいかがだろう。

オススメです。

 

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)
作者:高田 博行
出版社:中央公論新社
発売日:2014-06-24
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 Amazonのヨーロッパのエリアスタディカテゴリで1位(2016年7月11日現在)。
演説を細かく分析している。

  

[決定版]ナチスのキッチン: 「食べること」の環境史
作者:藤原 辰史
出版社:共和国
発売日:2016-07-05
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 本家HONZ 土屋 敦のレビューはこちら。
作ってみました。『ナチスのキッチン』

 

帰ってきたヒトラー 上
作者:ティムール ヴェルメシュ 翻訳:森内 薫
出版社:河出書房新社
発売日:2014-01-21
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 現代のドイツにアドルフ・ヒトラーがに蘇ったら…というトンでも設定。しかし内容はトンでもにとどまらない。
ドイツではベストセラーで映画化され、日本でも上映中。

 

アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫文庫全集)
作者:手塚 治虫
出版社:講談社
発売日:2010-06-11
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手塚治虫、後期の代表作の1つ。フィクションではあるが、こちらも歴史的事件が多く描かれている。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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