「ほうきって乗ってると股に食い込んで結構痛いんです」 青森で暮らす魔女JKのほっこりとした日常を描く『ふらいんぐうぃっち』 幸せって、案外そこらへんに転がっているものなのかも。

菊池 拓哉2016年07月29日 印刷向け表示
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スルスルと流れていく何気ない日常を描く作品が好きだ。アニメーション映画で言えば『時をかける少女』や『耳をすませば』、マンガで言えば『よつばと!』、小説で言えば『サイドカーに犬』あたりがとにかくたまらない。

フィクションの世界に暮らす登場人物たちが、自分と同じように平凡な日常を送っている姿を目にすると、普段はさして気にも留めない「ささやかな幸福」のようなものがとても尊く思えてくる。それはある人にとっては「家族で囲む食卓」かもしれないし、またある人にとっては「昼過ぎに目覚めた休日」かもしれない。
作家の村上春樹さんは、「小さいけれど確かな幸福」を「小確幸(しょうかっこう)」という言葉で言い表しているが、これらの作品によって可視化される充足感も、まさにそれに類するものだろう。

今回紹介する『ふらいんぐうぃっち』も、そんな何気ない日常にあふれる「小確幸」をギュッと凝縮して詰め込んだような温かい作品だ。

ふらいんぐうぃっち(1) (講談社コミックス)
作者:石塚 千尋
出版社:講談社
発売日:2013-12-09
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物語の主人公は、横浜から青森県弘前市に引っ越してきた魔女の高校生・木幡(こわた)真琴。彼女は相棒(あるいは愛猫)の黒猫・チトと共に、親戚の男子高校生・倉本圭(けい)の実家に居候しながらささやかな日常を紡いでいく。

青森県弘前市に引っ越してきた真琴と親戚で同級生の圭(講談社コミックプラス試し読みページより)

 

魔女が主人公の作品ではあるものの、『ふらいんぐうぃっち』で描かれるエピソードの多くは普通の女子高生の平凡な生活に終始している。主人公の真琴は、ある時は家の畑を耕して野菜を作り、またある時は調理実習で同級生たちとハンバーグやクッキーを作る。「ほうきに乗ると股に食い込んで痛い」という理由から学校へは徒歩で通っているし、なんなら始めから終わりまで一度も魔女らしいことをしないエピソードも珍しくない。

だが、それがいい。『ふらいんぐうぃっち』を読んでいると、劇的な事件も悲劇も起こらない真琴の淡く温かい物語にいつの間にか自分の日常を重ね合わせて微笑んでしまう。「必死になって探し回らなくても、幸福はすぐそばにあふれているじゃないか」と自分の退屈な人生を肯定されているような気がして、ホッと安心できるのだ。

 

青森の地でのんびりと暮らす真琴たちのマイペースな掛け合いに心がほっこりと温まる(講談社コミックプラス試し読みページより)

 

かわいらしくてアグレッシブな魔女を主人公にしたマンガやアニメはこれまでも数多くあったが、『ふらいんぐうぃっち』で描かれる魔女像がそれらの“先例作品”に類さないのは明らかだ。
まだまだ未熟な真琴にできる「魔女っぽいこと」といえば、ほうきにまたがってふわりと宙に浮いたり、煎じて飲むタイプの「気付け薬」を作ったりといった、どちらかといえば地味なものばかり。つまるところ彼女は、「ド派手なエフェクト満載の魔法で非日常を創造していく部類の魔女たち」とは対極にいる「人々の日常に寄り添い、溶け込むタイプの魔女」なのだろう。

 

町のホームセンターで魔女の必携アイテムであるほうきを選ぶ真琴(講談社コミックプラス試し読みページより)

 

しかし、そんな庶民的な生活感をただよわせる真琴だからこそ、ふとした瞬間に魅せる魔法や魔女的言動には妙なリアリティーがある。
もしも自分の目の前で、こんな風に当たり前みたいな顔をして魔法を使われたら、驚くことすら忘れてそこにある非現実をすんなりと受け入れてしまうことだろう。「そうか、そういう不思議なこともこの世界にはあるんだな」という具合に。

真琴のあまりにも平凡でほのぼのとした日常は、「魔女」という架空の存在を際立たせ、ある種のリアリティーを付加する装置として確実に機能している。そんな意味で『ふらいんぐうぃっち』は「魔女マンガ」というジャンルに新風を吹き込んだ無二の作品であるように思う。

ちなみに作者の石塚千尋先生は、物語の舞台でもある弘前市在住の生粋の青森県民なのだとか。どうりで作中に登場する弘前市民にも血の通った温かみがあるわけだ。
コミックスは地元民にも大人気のようで、青森県内での売り上げは全国の約8%を占めているという(弘前経済新聞参照)。今年の4月にはテレビアニメが放送され、さらにこの夏には弘前ねぷたまつりとコラボしたイベントも開催される。その人気はまだまだ広がっていきそうだ。

単行本は2016年7月時点で4巻まで刊行されているが、第1話は講談社コミックプラスでも立ち読みできる。日常にほっこりとした癒しを求めている方や、日々の「幸せ探し」に少し疲れてしまった方は、心の滋養剤としてぜひご一読を。

あなたが躍起になって探している幸福も、案外すぐそばに転がっているかもしれない。

 

ふらいんぐうぃっち(1) (講談社コミックス)
作者:石塚 千尋
出版社:講談社
発売日:2013-12-09
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ふらいんぐうぃっち(2) (講談社コミックス)
作者:石塚 千尋
出版社:講談社
発売日:2014-06-09
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ふらいんぐうぃっち(3) (講談社コミックス)
作者:石塚 千尋
出版社:講談社
発売日:2015-04-09
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ふらいんぐうぃっち(4) (講談社コミックス)
作者:石塚 千尋
出版社:講談社
発売日:2016-03-09
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出版社:中央公論新社
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