その扉の向こうには、世界の美しさがある。『107号室通信』 詩を味わうように楽しむ漫画。この新鋭、注目です。

マンガサロン『トリガー』2016年08月02日 印刷向け表示
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107号室通信 (torch comics)
作者:カシワイ
出版社:リイド社
発売日:2016-06-17
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植物

収集

記憶

宇宙

ここではない。けれども、いつか遠い日に視た夢のような懐かしさを覚えさせてくれる……そんな世界へといざなう、四つの扉。

喪われたもの。

新しく生起するもの。

繋がるもの。

途切れるもの。

奇抜なもの。

安心するもの。

それらへ馳せる想い。

生ずる感情。

扉を開けた先で待つ、リリカルに世界から掬い取られた数ページずつの掌編たち。読者はカシワイ先生の事物の切り取り方・表し方の妙に浸りつつ、更に語られざる余白を埋める想像を楽しむという、二重に幸せな作業に埋没できます。

全編がセンスの塊であり、語りたいシーンは幾つもありますが、個人的には特に「宇宙」の中の、「音楽の模様」や「交信」に深く感じ入りました。マクロ的でユニークな非現実的発想と、一方で日常以上に日常性を感じさせる言語センスの同居が光っています。

本作はフルカラーで描かれてり、単行本でも一ページ一ページの質感と共に愛おしみつつ楽しめます。明度の抑えられた淡い色彩は、静謐な世界と融け合って優美なハーモニーを醸し出しています。

最後に辿り着く「停留地」では、ここだけ変わる画のタッチが『銀河鉄道の夜』の如き切なくも美しい世界観に絶妙にマッチしており、無上の読後感へと繋がります。

目次も、裏表紙も、装丁も、全てがこの世界観を補完する美しい造り。本を閉じた時、ためいきが出ました。最初と最後に二枚ずつ差し挟まれた遊び紙は、107号室の扉と同じ色。それを捲ることで読者は旅立ち、そして戻って来るのです。クラフト・エヴィング商會さんの仕事にも心から拍手を惜しみません。

この本は、まるで異世界から届けられた旅券。読んでいる間、陶酔と共に現世から解き放たれる自分がありました。1000円という値段は普通の漫画に比べれば割高に感じるかもしれませんが、「有効期限:一生」である異世界へのパスポートだと思えばこんなに割安なものもないでしょう。

静かに静かに心の奥底まで深く届き、沁み渡り、今いる世界の煌めきを再認識させてくれるような一冊。また折を見て、何度でも旅立ちたいです。
 

 

(文:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿)

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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