無職は人権すらないゴミなのか?『無職強制収容所』

マンガサロン『トリガー』2016年08月20日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
無職強制収容所(1) (アクションコミックス)
作者:昭伶
出版社:双葉社
発売日:2016-07-20
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

人のために労働があるのか
労働のために人があるのか

本作は2022年、非労働者再生法、通称「無職リサイクル法」が制定された日本を舞台にした物語。「無職リサイクル法」とは、満25歳以上65歳未満の健康な男女で、180日を超えて月7万円以上の労働収入証明の提出がない非労働者に対し、労働者再生処置を執行するという法律です。

神条達也は、外資系大手投資ファンドで入社二年目にして全社トップの成績を上げ、年間100億円の予算を割り当てられ、前期だけで1000億円の利益を上げる活躍をし、5億円以上の貯金を持つ超エリート。しかもイケメンでかわいい彼女もいる、「無職リサイクル法」などとは全くの無縁の存在でした。

しかし、そんな彼がある日突然解雇を言い渡されてしまいます。その原因が、「再生者」である後輩・高木の存在。

「再生者」は「再生処置施設」で脳をクロックアップしIQを高められており、専門知識を有した有能なマシーンとして「再生」させられているのです。

離職前に高木に対して暴力を振るってしまい、180日経っても再就職ができなかった神条は、再生処置ではなく強制労働を執行させられることになります。

強制労働を課せられる保安局の訓練施設では、無職たちは人権を剥奪された「豚」として、ゴミのように扱われていきます。

この地獄のような生活が、一つの見所です。訓練施設の訓練官たちは誰も彼も外道ばかり。好みの男性訓練生を手籠めにする前原訓練官には、自分も特別訓練を受けたいと思う人もいるかもしれませんが。

そんな彼らによって明らかな洗脳行為まで行われていき、そしてどうやら裏では謎のプロジェクトが蠢いている様子。物語は求心力を持って加速して行きます。まだ始まったばかりで、これから真の面白さが発揮されていくであろうという感触です。1巻の最後がかなり気になる所で終わっており、続きが気になります。

それにしても、180日働かないだけで脳すら改造され、非人間的な扱いを受けてしまう世界というのは何というディストピアでしょうか。若年層の30%が失業中でその8割が就職を諦めているトルコに「無職リサイクル法」があったらとんでもないことになるだろうなと思います。

ちなみに、配偶者は「無職リサイクル法」の対象から外されるので、主婦または主夫は強いですね。同性婚が認められるようになっていれば、戸籍上だけでも配偶者となることで「再生」から逃れようとする人も現れ、またはそれに付随した商売も成り立つでしょうか。月7万円の労働収入証明書の偽造も社会問題化しそうです。

いずれにせよ、この世界においてもある人間は月7万円が貰える職業に必死に就こうとしても就くことができず、一方である人間は月に数百時間の過剰な労働をして体と心が壊れ、過労死に至っているのでしょう。脳すらいじられてしまうということで、「無職リサイクル法」は無職にとっては働くためのモチベーションにはなり、無職の絶対数を減らすことは可能でしょうが、結局の所根本的な社会問題の解決には至りません(脳をクロックアップした「再生者」の社会貢献分は切り分けて考えています)。無職を罰するのではなく、逆に社会全体で許容していくシステム、そして求職する人には適切に割り当てられるシステムが求められます。

無職がなぜ許されないのかといえば、本来人間一人一人が社会から恩恵を受けており、成長してから還元していくべき価値があるはずで、しかしそれができる状況にあるにも関わらず還元しないという部分にあるでしょう。ただ、そのことを除けば、他は「俺がした苦労をお前もしろ」的な感情論の問題ではないでしょうか。

昔はそもそも働いて狩猟や採取、農耕や牧畜を行わねば社会が存続できませんでしたが、現代は人類史上でも最も科学や技術が進歩し、知識が体系化・共有され、生産性が向上し、物流が整った時代です。既に単純作業の多くはロボットが現実的に代替できるようにもなってきました。あえて無駄な部分を残し、労働力や雇用を宛がっている部分もあります。後はシステムをどう調整するかというだけです。社会を回すのに十分な価値が供されているのであれば、後はもう無職の存在を許すか否かという価値観の問題が残るのみでしょう。

そのためには、突然仕事を完全にしなくなるのは無理としても、少しずつ「働かない」ということを「是」として行けば良いのではないでしょうか(勿論、仕事をしたい人はどんどんすれば良いという前提です)。週休二日が基本となっているのを徐々に週休三、四日にしていくような社会が実現すれば、多くのメリットが有ります。忙しすぎて時間的余裕がなく消費活動ができなかった人たちが、その分経済活動に貢献できるようになります。心の余裕もでき、家族や友人と触れ合う時間も増え、社会全体が多少和らぐことでしょう。又、余暇時間の増えた人々によって漫画を含めクリエイティブな文化は大きく発展を遂げていくでしょう。イングレスやジャイロセンサー付きデジカメのように、個々人から産業に大きく寄与していくものも数多く生まれ行く世界は楽しいだろうな、と思います。

「ゆとり教育の前は、土曜日も授業があったんだよ」のようなレベルで「昔は週に5,6日も働いていたんだよ」と笑い話にできる日が来れば、そして働くことに疲れて人生を見失いあまつさえ自ら命を絶つという選択をしてしまうような人が少しでもいなくなれば良いのに、とそんなことを改めて考えさせられる契機になる作品でした。
 

文:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事