「これが児童漫画!?」と不安になるほどギリギリいっぱいダークなテーマを詰め込んだ奇怪なF作品『モジャ公』

八幡 ネジ2016年09月15日 印刷向け表示
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『ドラえもん』であまりにも有名な国民的漫画家、藤子・F・不二雄氏(以下、F氏)。
そのF氏が1969年から1970年にかけて児童漫画雑誌『週刊ぼくらマガジン(講談社)』に連載した作品がこの『モジャ公』。
内容としては至極平易で、野比のび太のように無気力な少年・天野空夫が宇宙生物・モジャラ、二足歩行ロボット・ドンモと共にロケットに乗って大宇宙を冒険するというSFギャグ漫画

『宇宙へ家出』より

行く先々の星でモジャラ御一行は様々な異文化交流を体験していくのだが、私が小学生時分初めて『モジャ公』を読んだときは、それらの異文化交流があまりにもミステリアスで、あまりにもスリリングで、あまりにもアフォリズムに満ちていて、二十年ほど経った今でもトラウマとして根深く残って離れないでいる。この作品が40年以上前『ドラえもん』起稿以前児童漫画雑誌に掲載されたという事実を踏まえて読み始めてほしい。 

  

モジャ公 (藤子・F・不二雄大全集)
作者:藤子・F・不二雄
出版社:小学館
発売日:2012-01-25
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地球は時代遅れ!?≪めるる星≫

モジャラ御一行が地球を飛び出して最初に降り立ったのが≪めるる星≫。無機質な高層ビルディングが空高く林立するこの星では、人が地面を歩くことはひどく古代的と考えられており、皆「パイプ・ウェイ」と呼ばれるガラス管を移動手段に使っていた。この大都会的光景に、地球というド田舎の星で生まれた空夫は思わず「あっ!」と驚いてしまう。

『地球人はこわいよ』より

 ひょんなことから凶悪犯の集まる刑務所に迷い込んでしまった空夫。「前科87犯」やら「ロケットを乗っ取って300人殺した」という異形の凶悪犯たちが空夫をとっちめようとするが、空夫が地球人だということを知ると彼らは恐れおののき逃げ惑う始末。

『地球人はこわいよ』より
「地球といえば宇宙の果ての大魔境。あたい映画で見たわ、おっかねえ原始人がおそってくるんだ、食べないでー」

宇宙が舞台となるF作品ではしばしば地球が「原始的」だと扱われる。惑星間航行の技術を持つ人々の目線はすでに他所の惑星にあり、一つの星で領土や資源を争って国家同士が血を流しあうのはひどく前時代的で野蛮なものだとのF氏的一家言だが――ちなみにこれは児童漫画である。初っ端からF氏の十八番である客観的アイロニーに頭をガツンとやられる。

 

"死ねる歓び"≪ジュゲム三番星≫


旅を続けるうちに幾度も死線を経験したモジャラ御一行は「だれも死なない星に行ってみたい」との思いからジュゲム三番星フェニックスに降り立つ。
この星では細胞の異常再生力……とかなんとか難しい理屈で、一万年ものあいだ死んだ人がいない、まさに彼らのとってのユートピアのような星だったのだ。


しかしそんなジュゲム星人は予想に反して"一万年の生き疲れ”で皆陰気臭く、目は虚ろで、顔を俯けて歩いていた。

『自殺集団』より

そんななか、冒険の資金に困窮していたモジャラ御一行は金を稼ぐべく、謎の男オットーのマネージメントによって、ここジュゲム星にてとあるプロジェクトを組まされる。

 

自殺フェスティバル


「人が目の前で死ぬ」――そんな我々の世界でいうところの悲劇をお祭りにしてしまおうという、なんともぶっ飛んだ発想。

一万年ものあいだ無気力で死んだように生きてきたジュゲム星人にとっては「人が目の前で死ぬ」ということは一万年に一度の歴史的大祭になりうるのだ。

そして、その自殺屋を担うのはモジャラ御一行なのだが、本当に自殺していては元の木阿弥、金を集めるだけ集めて宇宙に持ち逃げしようというがマネージャーであるオットーの魂胆。


『自殺集団』より

↑これはトラウマ必至の一コマ

 しかしフェスティバルの準備が着々と進むなか、オットーが一人で金を持ち逃げしてしまう。ジュゲム星に残ったのは、着々と準備の進む自殺フェスティバルプロジェクトと、無一文で後ろ盾がなくなった自殺屋モジャラ御一行――。

『自殺集団』より

↑各界の専門家たちがモジャラ御一行はの自殺方法を討議する一場面。飄々と自殺方法を語る専門家たちの目が怖い。

 

「自殺集団」より
「うれしいでしょう。首がとぶときって、どんな気持ちかしら。きっと天にものぼるような気持ちでしょうね。きれいでしょうね、ばーっと血が飛び散って……」

 

ジュゲム星の美女パイポは虚ろな目で死ぬことへの憧憬を語る。再度確認になるが、これは児童漫画だ。近代の無頼派文学でもなければチベット密教書でもない。たしかに終わりがないのは恐ろしいことだが、義務教育すら満了しておらず煌々と明るい未来が待っている児童にその事実を突きつけるのは時期尚早ではないだろうか。我々にとっての当然の論理がジュゲム星で空転するさまは、自身が初めて出会う恐怖の種類だった。初読以来、私は小学生にして不老不死への憧れを失った。

 

”存在する”とは何ぞや≪シャングリラ星≫


続いてモジャラ御一行が降り立ったのはシャングリラ星。かつてシャングリラ星を訪れた星間連合の調査隊は皆「すばらしい天国のような星です!」との第一報を告げる。しかし彼らは総じて連絡が途絶え、生きて帰って来た者はいない、という背筋が寒くなるような謎が残されていた。その謎を解くべく、モジャラ御一行はドキュメンタリー映画監督タコペッティと共にシャングリラ星の調査に取り掛かる。

『天国よいとこ』より

しかし、いざシャングリラ星での生活を始めてみると、調査報告通り「天国のような星」であることを思い知らされる。頭でイメージしたものが具象化されて目の前に現れるこの星では、自分が欲しいモノ、食べたいモノをすべて手にすることができ、生き物さえも想像から創り出せ、空を飛ぶことだってできる。そんな愉楽を享受しここは天国に違いない!と悦ぶ空夫とモジャラを見て、ロボットであるドンモの顔は青褪める。


 

「ソンナニヒカラビチャッテ。長イコト飲マズ食ワズデ死ニカケテル人ミタイダゾ」

 

「天国よいとこ」より

調査隊蒸発の謎が解ける。シャングリラ星は死人の星だったのだ。とうに肉体が滅んで魂(意識体)だけの存在となったシャングリラ星の住民は、街の中央に祀られた建国者ドンヒルの神像によって意識を外部から操作され、天国のようにも思える生活を送っていたのである。

『天国よいとこ』より
 

シャングリラ星のタブーを知ってしまったモジャラ御一行は「肉体」と「魂」の分離を強要されるが――

 

「もらったつもり食べたつもりで生きてるつもり!」「ソンナノイヤダー!」

 

「自分が見てるこの世界ってもしかしてバーチャルリアリティーなのかも!?」といった水槽脳仮説のような懐疑主義的思考実験をこうも解りやすく説明してくれる児童漫画は他にないだろう。

 

私は小学生時分、公園で野球ボールを追いかけ、駄菓子屋でよっちゃんイカを食べ、流行りのカードゲームに興じているころに「おまえは本当は意識だけの存在なんだよ。そのボールも持った"つもり"、よっちゃんイカも食べた"つもり"、レアカードも持っている"つもり"なんだよ。きみに肉体という入れ箱はなく、どこか薄暗い闇の中でぽっかり意識だけで浮かんでいるだけなんだよ」と、何者かに肩をポンポンと叩かれてしまった。世界各国の哲学者たちが古来より頭を悩ませる思考実験を、抽象的にデフォルメされた可愛らしいマンガで、アイデンティティゆるゆるの児童にお届けするのは罪深い。これもトラウマ必至の作品だ。

その他、時空を超えたかたき討ち編や、終末論を唱える新興カルト宗教編など、児童向けにはいささかヘビーすぎるスパイスがふんだんに盛り込まれている。


しかし、F氏自身が珍しくも「楽しんで描いた」と豪語する当作品は、残念ながら途中で打ち切り終了となってしまう。あまりにもF氏の趣味丸出しの作品であったため主要読者層である児童たちからの支持が得られなかったのだ。
それゆえの打ち切りは仕方がないといえばそれまでだが、壮大な「地球人あるある」を滑稽に描いたという点で、私個人的には「国民的大漫画家の真髄ここに極まれり!」といった感じがしており、『ドラえもん』や『パーマン』にみられる児童漫画と、『異色短編集』や『SF短編集』にみられる青年漫画とのちょうど中間、多感な時期に根深いトラウマを植え付けるジュブナイル漫画に位置付けたいと思う。


F氏は常に「この世界の外側」から「この世界」を批評して愛のメッセージを送る漫画家だ。キュートなクマさんのぬいぐるみをギュッと握ると、中からじわりと魔酒が染み出す、そんなF氏のディープな警鐘を是非聴き取ってほしい。

 


モジャ公 (藤子・F・不二雄大全集)
作者:藤子・F・不二雄
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