『武器としての人口減社会』本当に女性が活躍できる社会になれるのか?

堀内 勉2016年09月18日 印刷向け表示
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武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ (光文社新書)
作者:村上 由美子
出版社:光文社
発売日:2016-08-17
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著者の村上由美子氏は、上智、スタンフォード、ハーバードで学び、国連、ゴールドマンサックスなどに勤務した後、2013年からOECD(経済協力開発機構)東京センター長を務めている。しかも、内外を飛び回りながら、国際結婚して三人のお子さんを子育て中というスーパーウーマンである。

本書の紹介に当たって最初に村上氏の経歴を取り上げたのは、後述するように、こうした村上氏のパワフルな生き方に再現性があるのかが、日本が抱える社会問題解決のカギになっていると思うからである。

本書の特徴は、OECDの各種国際比較統計を駆使して作られており、とにかくデータが豊富であるということ。その上で、近未来の日本がとるべきベスト・プラクティスを提言しているので、よくありがちな定性的かつ情緒的な日本礼賛本ではなく、非常に説得力がある。

そうした意味で、教育を経済学的な手法でデータに基づいて分析する教育経済学の見地から日本の教育問題を論じた、慶應大学の中室牧子准教授の『「学力」の経済学』に通底するものがあると思う。

例えば、日本がUNCTAD(国際連合貿易開発会議)の「外国からの投資を受けるポテンシャル・インデックス」で10位に入っているというのは、本書で初めて知った事実である。これは、スキルレベルの高い労働者、巨大な国内市場、資本コストの安さ、アジアへの足がかり、ハイテクを持つパートナーとの協働機会などの、日本のポテンシャルの高さが評価されてのことだそうだ。

これは、最近、各所でよく目にするようになった、先進国比較で見た場合の日本人の給料の異常とも言えるほどの安さという点も、逆に海外からの投資を受け入れる上での強みになっているのかも知れない。

日本が抱える大きな問題は、高度成長期の人口ボーナス期が終わって人口オーナス期に移行し、総人口、中でも労働人口が急速に減少していることだというのが常識である。ところが、AI(人工知能)やICT(情報通信技術)の発達で、2030年代には第4次産業革命が起こり、かなりの労働力がそれに取って代わられることで、むしろ大量の失業者が出るのではないかと言われ始めている。

村上氏の結論は、日本と日本人のスキルレベルの高さを考えれば、世界に先例のない人口減少社会にも関わらず、むしろそれだからこそ、グローバリゼーションの流れをプラスに受け止め、社会の構造改革を進めることで、日本は今後も繁栄していくことが可能であるというポジティブなものである。

この点で、東大の小宮山宏元総長が提唱し続けている、「課題先進国」である日本は世界に先駆けて超高齢化社会の課題を解決することで結果的に世界の最先端を行くことができる、そしてそこに大きなビジネスチャンスがあるというのと共通するものだと思う。

こうしたポテンシャルを実際に活かすために今の日本に求められるのは、人事制度に成果主義を取り入れて労働市場の流動化を図ることや、中高年層と女性の活用を図ることなど、具体的なアクションであり、これができるか否かが日本の帰趨を決めるということである。

本のジャンルとしては全く異なるが、本書でクローズアップされる「スキルレベルの高い労働者」という記述を読んで、以前、HONZでも取り上げられた『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』という、自衛隊初の特殊部隊元先任小隊長の伊藤祐靖氏が書いた本を思い出した。

この中で、伊藤氏がアメリカの海兵隊を研究した際に、個人としての海兵隊員のレベルが思いのほか低いのに驚いたというくだりがある。アメリカの特殊部隊だからさぞかしすごい連中の集まりなのだろうと思っていたら全く違っていた、それに比べて日本の特殊部隊員の個々のレベルは、アメリカの海兵隊員より遥かに高いと。

勿論、伊藤氏は海兵隊を馬鹿にしている訳ではなく、それを補うための米軍の兵站や装備が優れていることに感心している。たとえどのようなレベルの兵隊であっても軍隊が成果を発揮できるようなシステムが、非常によく出来上がっているのだそうだ。

戦争というのは、戦場に赴かないトップエリート同士の戦いではなく、むしろ国の底辺同士の戦いなので、実際に重要なのは、社会の上の層のレベルが高いことではなく、下の層のレベルが高いことなのだそうだ。伊藤氏は、こうした日本社会の底辺の高さを反映して、自衛隊のレベルは海外の軍隊に比べて非常に高いということを強調しており、日本人の現場のレベルの高さは、ビジネス社会に限らず何処でも共通なのだなと思った。

話を元に戻すと、村上氏は、日本社会の"best kept secret"である優秀な女性の活躍の余地が大きいということも言っている。自分自身の経験を振り返ってみても、日本の大企業に勤めていた時には、どう考えても自分より優秀な一般職の女性が沢山いて、しかもそれが実体的に全く活用されず、また彼女達自身も腰掛け的な意識で働いている姿に、日本社会の不思議を感じざるを得なかった。

ここで冒頭の村上氏の経歴の話に戻るのだが、この同調圧力が極めて強い日本社会で、村上氏のように仕事も家庭もプライベートも全て充実して世界で活躍している女性と、「オジサン社会」の渦の中に巻き込まれ、大リーグボール養成ギブスをはめられ、疲弊し切っている「働く女性」との間には本質的にどんな違いがあるのか、正にそこが本当に女性が活躍できる社会になれるのかのポイントなのだと思う。

私自身この問題をずっと考えているのだが、未だに本当のことは分からない。なぜ多くの女性が環境に押しつぶされてもがいている中で、逆境をはね返して何もかも手に入れる女性がいるのか。その違いは何なのか。単なる個人の能力や資質の違いだという身も蓋もない回答以上のものが見つかれば、そこがブレークスルーになるのだろうと思っている。村上氏には、次回は是非その点を分析した本を書いて頂きたいとお願いしている次第である。  

「学力」の経済学
作者:中室 牧子
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日:2015-06-18
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「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ
作者:小宮山 宏
出版社:中央公論新社
発売日:2007-09
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