大切な人に贈りたい、まるで球体のような美しく完璧な全11巻『四月は君の嘘』

小林 みずほ2016年09月17日 印刷向け表示
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「あまり知られていないニッチな作品を少しでも広めること」はレビューを書くときにやりたいことのひとつではあるけれど、名作中の名作というのもまた、書いておきたくなる。『四月は君の嘘』はそんな作品だ。まるで球体のような、美しい映画のような、完璧な全11巻。先日、番外編を収録した『四月は君の嘘 coda』が発売されて、力を抜くつもりで手にした短編たちにも泣かされそうになってしまって驚いた。「漫画って面白いの?」という人がいたら、「漫画なんて読んで!」と怒るお母さんがいたら、ぜひ薦めたい名作だ。

主人公の有馬公正は、かつて有名コンクールで数多くの優勝を手にした天才ピアニスト。その演奏は緻密で正確。“ヒューマンメトロノーム”や“操り人形”と揶揄された彼は、母親の死の直後、11歳でピアノが弾けなくなった。自分の弾くピアノの音だけが聞こえない。これは罰だ――。ピアノを弾かなくなって3年、色のない世界にいるように暮らしてきた公正の前に現れたのは、天真爛漫、奇想天外、でも輝いている、美しきヴァイオリニストの女の子、宮園かをりだった――。


(2巻25ページ)

ボーイミーツガール、主人公の成長の物語、そういう枠組みで話せばまさに王道のど真ん中にいるような作品だけれど、この作品が丁寧に編み込んでいる文脈のようなものが、表現の豊かさが、その王道を陳腐にしないで輝かせている。

作中に登場するかをり以外の人物にも、生きるために必要としているものがあり、自分を奮い立たせるものがあり、それを支える出会いがある。出会いの中でなぜか綺麗に見えた景色があって、忘れられない瞬間がある。普段だったら言葉にしないで持っている記憶の中のきらめきみたいなものを全部描かれているような気がしてしまう。わたしはこの気持ちを知っている、と思うと泣きたくなる。巻を重ねるごとに公正とその周りが変化して、どんどん作品の色が鮮やかになっていくのがすごい。

 

何気ない日常のシーンが記憶に残る(6巻68-69ページ)

中でも圧巻なのが、演奏シーン。漫画では当然ながら、音楽は鳴らない。クラシックに詳しくない読者からすれば、サン=サーンスだの平均律だの言われても、どんな曲なのかさっぱり浮かばない。曲もわからないのに演奏シーンが続くのは退屈かと思いきや、そのコマの流れやその間に入る聴衆の表情がドラマティックで、ものすごく迫力がある。


(2巻40-41ページ)

(2巻82-85ページ)

見開きの大胆な一枚絵、美しい比喩(4巻90-91ページ)

この作品の特徴のひとつが、見開きで描かれたページが多いことだ。演奏シーンはその割合が格段に増えるけれど、日常シーンにも登場する。ほぼ中央に来ているコマの線さえ若干斜めになっていたり、視界の広い空のコマが大きくなっていたりする。景色や動的な印象がコマによって迫ってくる。こうして美しい作品ができるのかと思うと惚れ惚れする。


真ん中の線でもページごとに分けずに斜めになっている(4巻82-83ページ)

人の切り取り方と、大きな頭上の星空(3巻98-99ページ)

「表現をする人、モノをつくる人はみんなこう考えると思うんです」(『公式ガイドブック 四月は君の嘘 Prelude』に収録の新川直司インタビューより/18p)と著者が言う通り、作中には何度も表現する人の苦しみと覚悟が出てくる。「あの瞬間のために生きている」と思えるものがあることの幸福と厳しさを背負っていくのは辛いことも多いけれど、絶対に絶対に楽しい。この刺激の中で生きることに取り憑かれた人はそれを忘れられない。舞台に立ったことのある人には、スポットライトを愛する人には、特に手にしてみてほしい。


(2巻136-137ページ)

物語は、かをりの病気と公正の変化を中心に進んでいく。個人的には完結が素晴らしい作品が好きだし、この作品はまさにその代表例だ。公正が最後につまずきそうになったとき、公正を救ったものに一番揺さぶられた。そう、演奏家はステージに立って弾き続けなければならないし、人は辛くても生き続けていく。ぜひ最後まで見届けてほしい。きっと本棚にずっと置かれる作品になる。

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