『読者ハ読ムナ(笑)』: いかにして藤田和日郎の新人アシスタントは漫画家になったか

菊池 健2016年09月23日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 新人漫画家が、人によって育てられる機会には大きく2つあります。

一つは、プロ漫画家のアシスタントとなって現場で育ててもらうこと。
もう一つが、漫画制作のパートナーであり、プロへの階段の門番たる漫画編集者に育ててもらうことです。

そして、世の中には、人を育てることが上手な方とそうでない方がいます。
「最高に人を育てるのが巧みなプロ漫画家」のもとで修行をしながら、「沢山のヒット作家を導いてきた編集者」に鍛えられると言う幸運な環境にいる新人漫画家は、どれだけ早く、そして強力に育つのでしょうか?

その疑問に答えるというか、読者自身が新人漫画家の立場になって、2人の育成名人に育てられる追体験を出来るのが、本書『読者ハ読ムナ(笑)』です。(注:本書はマンガではありません!マンガに関する読み物です!

今まで、トキワ荘プロジェクトという漫画家支援の活動の中で、漫画家が育ってくれるように願い、試行錯誤の元4冊の漫画家支援本を作ってきました。

漫画の描き方ではなく、漫画家を育てるというジャンルにおいて、最強の本を作ってきたつもりでしたが、本作にはちょっともうかなわないなーと思いつつも、素晴らしい本ですのでレビューをさせていただきます。

 

プロ漫画家:藤田和日郎先生

『うしおととら』『からくりサーカス』『月光条例』『ゴーストアンドレディ』そして現在は、サンデーに返り咲いての『双亡亭壊すべし』と、ヒット作品を世に送り届け続ける藤田和日郎先生。
最近では、NHKの漫勉でもその制作現場や、大胆なホワイトの使い方などを魅せ、話題になりました。 

「アタリ即ペン!」「フリーハンドぇ…」『浦沢直樹の漫勉』藤田和日郎先生の回に対する漫画家先生たちの反応 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/872452

そんな藤田先生が、もう一つ業界で有名なのが、アシスタントに入った新人漫画家「藤田組」のプロデビュー率の高さです。主な連載作家でも以下のような方がいると言われています。

・安西信行さん『烈火の炎』『MÄR』
・井上和郎『美鳥の日々』
・片山ユキオ『花もて語れ』
・金田達也『サムライ・ラガッツィ』
・福田宏『ムシブギョー』
・雷句誠『金色のガッシュ!!』

私の感覚では、新人漫画家が連載作家になれる確率は、1000人中3-4人くらいかなというところです。媒体が増えた現在では、この数字ももう少し上がっているとは思いますが、いずれにせよ、一度に3-4人のアシスタントしかいない藤田先生の現場で、これだけの数の連載作家が次々生まれることは、驚異的な確率と言えます。

本書では、アシスタント現場に貼られる「無口禁止」という貼り紙の理由から始まり、様々な新人漫画家心得を、その時の新人漫画家成長度合いに合わせて、藤田先生が新人漫画家の成長に合わせ(ここがポイント!)順々に説いていかれます。

沢山あるのですが、私がしびれたのは、例えば、、、

映画を観て語り合うことは、自分と自分の作品を切り離す訓練になる

編集者は新人の作品がもっとましになるように意見を言う。でも新人はその前提を忘れて、作品についていわれたことを自分自身に対する攻撃だと混同しちゃう。

[引用:読者ハ読ムナ(笑) (少年サンデーコミックス]

この話は、私が上京したばかりの新人漫画家に話してきたことトップ3の一つでもあります。漫画家と作品の関係に限らず、社会人と仕事の関係全般に言えるところでもあります。これを藤田先生が話すと、無類の説得力を持ちます。

一般的な新人漫画家は、社会人のように上司や先輩に恵まれる機会も希少です。このように大切なことを、言われたら納得感のある大先輩に、本人に伝わる裁量のタイミングで教えてもらえる機会はなかなかありません。

藤田先生の現場では、例えば映画を一緒に観ることで、実践的に改善し、成長機会とされています。普通の会社であれば、上司部下の間になくはない関係性ですが、漫画制作の現場の中で、見事に成長サイクルを確立しているところが凄いのです。

 

ベテラン編集者:武者正昭さん

武者正昭さんプロフィール
(株)小学館でキャリア30年を超える漫画編集者、送り出した作家は、『健太やります!』の満田拓也、『行け!!南国アイスホッケー部』の久米田康治、安西信行、菊田洋之、きらたかし、『うしおととら』『邪眼は月輪に飛ぶ』の藤田和日郎、『海猿』の小森陽一/佐藤秀峰、『娚の一生』『姉の結婚』の西炯子など、多くのミリオンセラーを世に送り出す。

武者さんは、漫画編集者の中では知る人ぞ知る方です。

トキワ荘PJで行ってる「マンガ出張編集部@京まふ」というイベントでは、「お悩み相談室」コーナーを担当していただいています。気がつけば、いつも漫画家さんや同僚の編集者さんに、なごやかに囲まれている方です。
http://tokiwa-so.net/news/topics/6371/

ご覧のとおり、藤田先生のヒット作『うしおととら』を立ち上げた編集者さんでもあります。
藤田先生が武者さんに、連載に向けてのネームを18回持っていったという逸話はすでに伝説となっています。

本書の中での役割としては、新人漫画家に対して、プロになるまでの門番として、切れ味鋭い投げかけをする役どころです。その投げかけを咀嚼しきれない新人漫画家に対して、藤田先生がアドバイスしていくという、絶妙なコンビネーションになっています。

どうしたら新人漫画家が成長するのか考え続けてきた我々にとって、この「藤田-武者」ホットラインに挟まれた新人漫画家が、成長しないわけがないと思えるくらい、見事なコンビネーションです。

また、昨年秋から開始されたブログ「編集者Mのブログ」は、業界では密かな話題で、編集者が持ち込みに来た新人漫画家に、「とりあえず、このブログ読んできて!」と伝えることも、あるとかないとか。

 

師匠と編集者

新人漫画家には熟成期間が必要です。
大ヒット作品の作家さんでも、ヒット作品の連載までには時間がかかります。

[資料:「連載作家までの道のり」トキワ荘pj作成]

ほとんどの場合、この停滞している期間はネーム(作品のアイディア・原案・構成)を作っています。本書に出てくる新人漫画家も、新人賞受賞後、アシスタントをしながらネームを編集者に持ち込む日々という設定です。時間軸が示されていませんが、この感じだと、恐らく2-3年くらいのやり取りを、エッセンスとして凝縮しているのだと思います。

この熟成期間を少しでも短く出来るように、あるいは、せっかく熟成するのだから、出来る限り結果に繋がるようにと、3年ほど前よりトキワ荘PJでは師匠付シェアハウス、メンター荘という取組を行っています。(熟成に失敗すれば、漫画家を諦めることもあります。)

一例としては、『ライアーゲーム』の甲斐谷忍先生が、男女14人の漫画家志望者が住むシェアハウスに毎月訪問し、作品のネームや、制作姿勢についてなどアドバイスを行っています。(テラスハウスじゃないですよ。虎の穴であり、精神と時の部屋です。)

http://tokiwa-so.net/special/kaitani/

この取組開始以来、連載作家が2名、掲載作家・受賞作家多数と、他のシェアハウスに較べて圧倒的な結果を出しています。新人漫画家にとって、連載作品を持ち、はるかに力のある師匠の力はとてもインパクトがあります。

また、新人漫画家向け新人賞・持込・投稿情報ポータルサイト「マンナビ」を今年8月から開始いたしました。
世の中には、新人漫画家にとって、どんな仕事場たる雑誌・媒体があり、どんな新人賞という玄関口があり、どんなパートナーとしての編集者がいるか、見える環境を作りました。

https://mannavi.net/

本書では、最強の師匠作家と編集者のタッグに挟まれ、超成長をする新人漫画家を追体験できます。実際には、なかなかこういった貴重な経験は出来ませんが、本作品を見て、自分の戦う場について考えを新たにされた方は、上記のサービスを調べたり、アシスタントの仕事にチャレンジしてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

ところで、本書の『読者ハ読ムナ(笑)』というタイトルなのですが、確かに作り手の裏話、特に迷いや限界の吐露みたいなことを読者が読むのは藤田先生の矜持に合うところではなかったのかもしれません。だからこのタイトルなのでしょうか。ただ一点、非常に大事なところで、藤田先生の代表作について壮大なネタばれが一箇所だけありました。あれがあってのこのタイトルなんでしょうか?(笑)

 

 -----------------

誰もが知ってる、藤田先生の代表作です。アニメ化に伴い、kindleまとめ買いをしている方も増えているようです。

うしおととら (1) (少年サンデーコミックス)
作者:藤田 和日郎
出版社:小学館
発売日:1990-11
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

 

話題になった週刊少年サンデー市原編集長の召還で、再度サンデーにカンバックされた最新作です。円熟のストーリーテリングは、最初から面白く、そして続きの期待感が凄いです。

双亡亭壊すべし 1 (少年サンデーコミックス)
作者:藤田 和日郎
出版社:小学館
発売日:2016-07-12
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事