事実と向き合った時に引っかかるもの、そこに事件の深い闇がある 清水 潔 ✕ 石井 光太
『「鬼畜」の家』刊行記念イベント

2016年10月1日 印刷向け表示
 

©新潮社

石井: 多くの事件で「真犯人」がきちんと容疑者として起訴されることはないのではないかと感じます。刑事事件で起訴されるのは、あくまで直接手を下した人物です。僕の本であれば、我が子を殺してしまった加害親です。しかし、ちゃんと取材をしてみると、その親にそうさせた人物、つまり親に子供を虐待させた「真犯人」がいることがわかる。なのに、その「真犯人」は裁かれることはないのです。僕が取材をしていく中で明らかにしたいと思ったのは、その「真犯人」が裏で事件を作り出す過程なのです。

清水: 刑事事件にはそういう目に見えない不条理がつきもので、裁判をやっても、実はなぜ事件が起きたのかということが分からないまま終わってしまうことも多い。それでも多くの記者たちは起訴状や判決文を読んで、写して分かったような気になって書いて終わり。石井さんの強さは、そこから取材の「再スタート」を切っているところです。3つの事件それぞれに、「その先がどうしても知りたい」と再スタートを切るポイントがあります。ページをめくって探すといいかもしれません。そこらの記者にはできない凄まじい取材を展開していて、こんな人が他社メディアにいたら恐ろしい(笑)。

石井: 弟子入りさせてください(笑)。

「取材」「分析」「決断」を繰り返す

石井 確かに、おっしゃるポイントがありますね。そもそも、3つの事件に関しては、加害者全員が受動的な性格でした。人には、絶対的に受け入れずに、抵抗したり、逃げたりしなければならない状況というのがあります。それをせずに、みんな受け入れてしまう。齋藤幸裕は、奥さんが風俗で働き出した挙句に逃げてしまい、部屋の電気、ガス、水道が全部止まっても、その異常な状況を受け入れて、子供とともにライフラインの止まった部屋に住み続けて助けを求めることをしなかった。

本書で書いた二つ目の事件の犯人高野愛は、自室で産んだ赤ちゃんを二度にわたってこの世から消し去りました。彼女は地元の悪い男たちからセックスの誘いがあると、全部応じてしまいます。妊娠するたびに、そこで思考停止。周りに隠したまま時間だけが過ぎて、堕ろすこともできず殺してしまう。この受動的な性格と思考停止は、それ自体が自らも虐待された結果なのではないかと感じました。幼少期から過酷な状況に置かれた子供は、生き延びていくために、その状況を受け入れようとする。その性格が大人になってもそのままだと、最悪の事態を生み出すことがあるのです。そうすると、事件が起きた原因を探るには、犯人と親の関係を取材するしかない。そこを取材しないと事件の本質には迫れず、一番大事なところがするっと逃げてしまうと思ったんです。

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