「文学読んでる自分、カッコいい!」から『文豪失格』ができあがるまで(千船翔子インタビュー vol.1)

マンガサロン『トリガー』2016年10月07日 印刷向け表示
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「芥川さん好きだわ」「安吾っち素敵!」。近頃、Twitter上でこんなツイートが飛び交っている。話題の中心は、文学史が題材のギャグ漫画『文豪失格』。漱石、芥川、太宰など、有名な文豪たちが一堂に会し、アキバに行ってラノベを書いたり、婚活パーティーに行ったり……破天荒なエピソードを次々に繰り広げる。作者・千船翔子さんは、やはり生粋の文学マニアなのだろうか? 彼女の読書経歴について、お話を伺った。

「経歴作り」のための読書からスタート

―― 『文豪失格』の作中には、たくさんの文学者や作品が登場します。そのような文学作品には、昔から親しみがあったのですか?

千船翔子(以下、千船) いや、実はぜんぜん……(笑)。小学生のときから、図書室にはよく行っていたんですが、その理由が、「本をたくさん借りてる人ランキング」に入りたかったから。全校集会で毎月、発表されるんですよね。だから、そのランキングに入りたくて、毎日本を借りに行っていました。でも、ランキングに入りたいだけなので、読まないで返したものも多い(笑)。

―― どのような本を借りていたのですか?

千船 江戸川乱歩はよく借りていました。表紙が怖そうだったので、刺激がありそうだから、っていう理由で。あと、伝記ですね! 伝記はたくさん読んでました。野口英世とか、ガンジーとか、マザーテレサとか……有名どころは全部読みましたね。

―― 相当お好きだったのですね。

千船 そのころから、歴史はすごく好きでした。当時、学級新聞の新聞係だったんですけど、「歴史コーナー」っていうのを作って、自分で歴史のことを調べて記事を書いていたんですよ。文章が基本だったけど、イラストも描いてました。そのときハマっていたのは、源氏と平氏。でも、周りからは「マニアックすぎる」って言われて評判はよくなかった(笑)。

―― 小さいころは、純文学ではなく歴史モノに夢中だった。

千船 ……正直に言うと、『文豪失格』を描くまで、文豪とか純文学には疎かったんですよ。個人でずっと歴史のブログをやっていたら、それを見た出版社の方から、「明治時代の歴史モノを描いてほしい」って声をかけていただいて。だけど「文豪モノ」って話はいっさい聞いてなかった(笑)。出版社に行って初めて、文豪漫画を描いてほしいと頼まれて、びっくりした。なぜ私なのだろう、と……。

―― 担当編集者の方によると、「これだけ幅広い歴史が好きな方だから、きっと文豪にもハマってくれるだろう」と思われたのと、何より千船さんの圧倒的なギャグセンスに魅力を感じられていたとか。

千船 歴史は好きなんですが、文豪は私にとって、新境地だったんですよね。なので、私には力量不足だろうと思い、最初は、お断りしようとも考えました。実際編集さんは、文豪モノと言ったら、断られるだろうと思い、あえて言わなかったのだそうです(笑)。

―― それでも、『文豪失格』はもちろん、Twitterで呟かれている豆知識などを拝見していると、文豪への造詣がとても深いように感じます。そのような知識はどのように得られたのですか?

千船 もう、本を読むしかないですね。ひたすら読む。そこはやっぱり歴史好きなので、文豪が新境地だったとしても、歴史が絡むものは読んでいて楽しい。あとはインターネットで検索もしますけど、「これは違うんじゃないか」っていうガセネタみたいなのもあるので、そういうのは、図書館に行って調べて、監修の一柳教授に見ていただき、OKをいただきます。

ほかには、文豪ゆかりの土地や、作品の舞台となった場所へ実際に行くと、頭だけでなく身体で覚えるので、知識がつくのも早いんですね。そのように学んでいきました。

―― ということは、漫画に登場するエピソードも、千船さんが独自に考えている? 原作CD(注:AIR AGENCY・フロンティアワークス制作のドラマCD「文豪シリーズ」)の設定やエピソード自体も魅力的ですが、さらに細かいネタが増えている印象です。

千船 ほとんどそうですね。原作CDがあるのですが、そこに自分で調べた史実エピソードを混ぜて、基本的に自由に描かせてもらっています。

―― ギャグ漫画を描く上で、影響を受けた漫画家さんはいらっしゃいますか?

千船 子どもの頃に読んでいた、岡田あーみんさん。よく、読者さんから「岡田あーみんっぽい」っていう感想をいただくんですけど、本当にその通りだなって思います。あとは、『稲中卓球部』の古谷実さん。このお二人の作品は、よく読んでましたね。私は基本的に漫画を読まない子どもだったので、このお二人の作品くらいしか、読んでないと思います。

―― その中から、一番好きなものを挙げるとしたら?

千船 『こいつら100%伝説』。戦国時代の忍者が題材のギャグ漫画なんですけど、忍者であることも、戦国時代であることも忘れてしまうくらいの、破天荒な内容(笑)。だけど、ちゃんとポイントはおさえていて。「確かに、これは忍者じゃないとできないネタだな」っていう、基本的な部分は外れていない。あーみんさんの作品って、あんなに破天荒な作風なのに、時々インテリな言い回しや、知的なギャグが入ってきて……子どもながら、そこにすごくカッコよさを感じていたんです。

 こいつら100%伝説

こいつら100%伝説 上 (集英社文庫 お 34-5)

作者:岡田 あ~みん
出版社:集英社
発売日:2016-06-17
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―― 文学作品を読み始めたのはいつからですか?

千船 中学生になってからは、太宰とか芥川とか、純文学も読み始めました。……でも、面白いから読んでいたというより、「純文学読んでる自分カッコいい!」というのが最大の理由でした(笑)。中二病的な……。わざわざブックカバーをはずして、教室の中で「純文学読んでるアピール」をしてました。でもそんな理由で読んでるから、あんまり理解できなかった。特に芥川なんて、難しくて(笑)。

だけど、「難しそうな本を読むほど自分のカッコよさが増す」と勘違いしていたので、経歴作りのために、がんばって読破しました。でも残念ながら、意味もわからず読んでいたのが大半。高校に入ってからは、さらにカッコよさを上げるため、ニーチェとか、アリストテレスとか、哲学の本も読み始めて……。でも、さっぱりわからないんですよ。こんな私に、あんな難しいものがわかるわけないじゃないですか(笑)。だから中学・高校時代の私が、文学で感動したことはほとんどなかったと思います。

―― それでも、「こんな難しい本を読んでる私、カッコいい!」っていう気持ちだけで読んでいたと(笑)。

千船 そうですね(笑)。そうやっていろいろ読み漁る中で、高校時代の終わりに、ドストエフスキーに出会いました。「ドストエフスキー読んでるところ見られたら、絶対カッコいい」と思って(笑)。そしていつも通り、経歴作りのために読み始めたんだけど、登場人物の名前が長すぎるうえ、あだ名がいくつもあって……「もうやめてくれ」って感じでした。でも読破しないとカッコよくなれないので、眠気をこらえて読み続けた。そして『罪と罰』下巻のラストまで来たとき、突然感動したんです。ラスト20ページくらいで、主人公のラスコーリニコフが刑務所に入ってようやく改心する、というくだりがあるんですね。そこまでは、長い長い話を惰性で読んでいたんですけど、ラスコーリニコフが罪を自覚し、彼の心が救われた瞬間に、「これはすごくおもしろい話かもしれない」って思い始めて。最後は感動して大号泣しました。はじめて文学作品で泣きましたね。

 罪と罰

罪と罰 上 (岩波文庫)

作者:ドストエフスキー
出版社:岩波書店
発売日:1999-11-16
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―― それで、純文学の面白さに気づいたんですね。

千船 そこからは、経歴作りのためには読まなくなりましたね。それまではネームバリューで選んで読んでいましたが、自分が本当におもしろいと思うものを読もう、っていう感じになっていったと思います。

―― ドストエフスキー以外に、おもしろいと思う作家さんは?

千船 遠藤周作かな。通じるものがありますよね、遠藤周作とドストエフスキー。共通して「宗教」という題材が背景にある。出会ったきっかけは、大学のキリスト教学の課題で『沈黙』を読んだこと。これもやっぱり、最初は読むのがつらかった(笑)。読み終えるまでに、2か月かかったかな。少し読んで、やめて、っていうのを繰り返して。キリシタン迫害の話なので、とても暗いんです。暗い話が苦手なので、読むのがしんどかった。でも課題だから読まなきゃいけなくて。重い腰を上げて読み続けた結果、ラストの文章に、ものすごく感動したんです。「神は沈黙してはいなかった。いや、沈黙していたのかもしれないが、私の今までの人生が神の全てを語っていた。」といった文章で終わるんですが、これに、雷に打たれたような衝撃を覚えた。それから、この作家はすごくおもしろいかもしれないって思い始めて、遠藤周作を読み漁って……ほとんど読んだと思います。私が初めて一人旅をしたのは、遠藤周作の小説の舞台になった場所を見たいという理由で、長崎でした。そのくらい、思い入れのある作家です。

 沈黙

沈黙 (新潮文庫)

作者:遠藤 周作
出版社:新潮社
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  (続く) 

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作者:千船 翔子
出版社:実業之日本社
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文豪失格 文豪の恥ずかしい手紙編 (リュエルコミックス)

作者:千船翔子
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(この記事は「ホンシェルジュ( http://honcierge.jp/interviews/94/interview_contents/173?debug=true )」より転載いたしました。)

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