宇宙における生命の普遍的特性──『生命、エネルギー、進化』

冬木 糸一2016年10月05日 印刷向け表示
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生命、エネルギー、進化
作者:ニック・レーン 翻訳:斉藤 隆央
出版社:みすず書房
発売日:2016-09-24
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本書は『生命の跳躍』、『ミトコンドリアが進化を決めた』のニック・レーンによる「生命の起源と来歴を語る」一冊だが、これが圧巻の内容である。前作までの内容を取り込みアップデートをかけた上で、生命の起源をめぐる問題に真っ向から挑み、多様な分野にまたがる議論を総括しながら、宇宙における生命の普遍的特性とまでいえる、説得力のある結論を導き出してみせる。

どんな法則が、宇宙、星々、太陽、地球、そして生命そのものを生み出したのか? 同じ法則が、宇宙のどこかほかの場所でも生命を生み出すのだろうか? 異星の生命もわれわれとそう違わないのだろうか? そんな形而上学的疑問が、われわれを人間たらしめているものの核心にある。細胞の発見から350年ほど経った現在でも、われわれは、地球上の生命がなぜ今こうなっているのかを知らないのである。

細胞はなぜ今のような細胞なのか? どんな物理的要因が複雑な細胞を誕生させたのか? なぜ形態が複雑な生物は一度しか生じなかったのか? なぜほぼすべての真核生物に2つの性があるのだろう? なぜわれわれは老化したり、がんになったり、死んでしまうのか? こうした疑問点について、本書は主に『エネルギーは進化の要であり、エネルギーを方程式に持ち込んで初めて生命の特質が理解できる。』という観点から、生命の起源に対しての考察を深めていく。

たとえば、ほぼすべての生命は、プロトン(正電荷を帯びた水素原子)の流れによってエネルギーを得る。そのプロセスの一例をあげると、われわれが呼吸で食物を燃焼させて得たエネルギーは、膜を通してプロトンを汲み出し、膜の片側に貯蔵庫を形成するのに用いられ、この貯蔵庫から戻るプロトンの流れが水力発電のダムのタービンと同じく生命を駆動するエネルギー源となる。こうした「プロトン勾配」のシステムが原初の細胞出現の鍵となり、その利用方法の違いが細菌と古細菌に構造的な違いと制約をもたらし、その制約がのちの細胞の進化を決定づけた。

『なぜ細胞が今のような仕組みになっているのかがわからなければ、病気の理解など望めるはずがないではないか。』というように、本書は上記のような細胞の動作原理から生命の来歴を辿り直すことで、複雑な細胞、複雑な生命へと進化していったわれわれのような生物の制約(たとえばがん/老化/死など)についても精確に考えることができるよう、ステップアップしていくのだ。

生命の起源と宇宙における生命の普遍的特性

細胞や複雑な生物すべての元となっている「生命誕生」の諸条件を簡単に要約してみよう。

細胞を一からつくるには、まずは前提となる有機物生成のために反応性の高い炭素と化学エネルギーが原始的な触媒のもとを継続的に流れる必要があるが、著者は現状必要な条件すべてに合致するのはアルカリ熱水噴出孔だけであるとしている。ところが、アルカリ熱水噴出孔には「必要物」、たとえば不可欠な水素ガスは豊富にあるものの、このガスは普通の状態ではCO2と反応しない=有機物を形成しないという大きな問題が残っていた。

しかし、アルカリ熱水噴出孔が持つ物理的構造が天然のプロトン勾配として機能することで、反応に対するエネルギーの障壁を打ち壊し、有機物の生成を促すことが著者らが行った最近の研究で(理論上は)明らかになったという。著者は有機物の生成にプロトン勾配が関わっていること、地球上すべての生命が膜を隔てたプロトン勾配を今も利用していることの関連性を上げながら、『「わあ、ほかの可能性なんてありえなかったんだ! よくもこんなに長いあいだ見えていなかったもんだ!」と声をあげてみたいのである。』と大興奮しながらこれを伝えている。

これが事実であれば、アルカリ熱水噴出孔は水とカンラン石の化学反応によって形成されるので、岩石と水とCO2があれば生命に必要な諸条件は整うことになる。著者は、その場合生命におけるプロトン勾配含む化学浸透共役のシステムは、『まさに宇宙における生命の普遍的特性であるはずだということが示唆されている。つまり、地球以外の生命も、細菌や古細菌が地球上で直面しているのとまったく同じ問題に直面するはずなのだ。』とまで言い切ってみせる。

もちろん宇宙は広く、他にどんな方法で生命が発生しても不思議ではない。しかし岩石と水とCO2というのは揃えるのがそう難しいものではなく(この天の川銀河だけでも400億ほどの惑星にあると推定される)、必然的に本書では地球と同じような道筋が繰り返されてもおかしくはないと主張しているのだ。地球上の生物の基本的な特性、制約を追っていった先に「宇宙における生命の普遍的特性」が浮かび上がってくるというわけで、なかなかに心踊る展開である。

とはいえそれが即宇宙に異星生命体が溢れているということにはならず、複雑な生命の誕生にはいくつかの大きな関門がある。この地球でも、真核生物の誕生は40億年という進化の歴史においてただ一度しか起こっていない(たぶん)。複雑な生命の進化にはふたつの原核生物による内部共生が必要であり、これは不慮の事故に近い非常にまれな事象であると推測されているのだ。

著者は最終的には『複雑な生命は宇宙でまれな存在だろうと結論づけてもいいと私は思う』と結論を出してみせるが、なぜそうなるのかの議論の詳細もたまらなく興奮させられるものなので、ノンフィクションではあるがストーリーを読むようにして本書を楽しんでもらえたらと思う。

おわりに

本書は解像度を上げに上げ、生命の誕生から死や性の誕生までの細胞内で起こっている一つ一つのプロセスを詳細に取り上げていくので、かなり難解ではある。ただそれは情報を欠落させているがゆえの難解さでも、説明が下手なことからくる難解さでもなく、「丹念に読むことで誰でも議論の過程を追い、検証できるようにする」ための必然的な難解さである。それだけに、「きちんと読もう」とすれば本書はその熱意にいくらでも応えるだけの内容/価値が存在する。

5年、10年と経つうちに、本書の内容も幾つかは否定され、アップデートがかけられていくのだろう。しかし、本書が描こうとした「エネルギー上の制約から導き出される、この宇宙における生命の普遍的特性」の考え方それ自体は古びることはないはずだ。この先別の生体エネルギー論や生化学を理解する上でも大いに約立つであろう、基礎的な知識を与えてくれる一冊である。

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