子どもにはわからない教科書文学の世界(千船翔子インタビュー vol.2)

マンガサロン『トリガー』2016年10月08日 印刷向け表示
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話題の文豪ギャグ漫画『文豪失格』著者・千船翔子さんの読書遍歴をたどるインタビュー。第2弾では、作中に登場するアノ文豪たちについて語っていただきました。

理不尽さを体験して、噛み砕いていくうちに、文学のよさがだんだんわかってくる

―― 伝記モノから岡田あーみん、そしてドストエフスキーから遠藤周作まで、幅広く本を読まれてきました。今後、文豪以外を題材に漫画を描くとしたら、どのようなものを題材にしたいですか?

千船翔子(以下、千船) 読者さんが求めるものを書きたいと思うので、今、反応を見ている感じですと、やっぱりギャグで、歴史モノ。興味ない人が読んでもおもしろいと言ってもらえるものが描きたい。ジャンルだったら、美術史とか宗教史とか。身近な題材だけど、あんまり積極的に知ろうとはしないじゃないですか。でも、知識があったら絶対おもしろいはずなんです。海外旅行とかも楽しくなるし。そういった、生活を楽しめる教養が得られるものを描きたいです。

―― 最近は、仏教の勉強をされているとお聞きしました。

千船 仏教は、まだ、基本的な知識が身に付いていないので、まずは、仏教のイロハ、みたいな本を読んでますね。

―― 基本的知識が身に付いて、はじめておもしろくなる。

千船 私は完全にそうですね。『文豪失格』もまさにそれで。最初は引き出しの少ない状態だったので、うまく描き進められなかったですね。筆が進まなくて。でも引き出しが多くなってきてから、これはいけるかもしれないって思って、今はすごく楽しく描いてます。

―― 第4話で太宰治が登場してきてから、「パワーが入った!」と反響があったとか。太宰治は、描いていて楽しいキャラクターなのでしょうか?

千船 太宰はこの仕事を始める前から一番知っていた文豪です。その知識が少なからずあったから、生き生きと描けたかな。それまでは、原作に書いてあることに頼って描いていたんです。でも、それって自分の知識ではないですよね。自分の中で噛み砕いて描いているわけじゃないから、『文豪失格』の最初のほうは、他の人から、「パワーがない、あなたのカラーが出ていない」って言われて。でも太宰が出てきてからは、私の中に引き出しが多くあったから、私らしく描けた。自分の中に知識を溜め込んで消化しないと、キャラクターは動かせないですね。今はなんとか、平均的に知識が身に付いてきたので、太宰以外もつっこんで描けるようになった……って感じですね。

―― そうやって知識を溜めていく中で、新たにおもしろさに気づいた文豪はいますか?

千船 宮沢賢治ですね。申し訳ない話ですが、あんまり興味なかったんです、最初は……(笑)。『文豪失格』の仕事をしてなかったら、今も疎かったと思う。

―― なぜ、宮沢賢治をおもしろいと思われたのですか?

千船 イメージが変わったからですね。以前は、「清廉潔白」「まじめ」みたいな強いイメージを持っていて……「そういうのは私のカラーじゃないから」って、子どものころから避けていました。どう考えても岡田あーみんのノリじゃないって(笑)。けれど『文豪失格』を描くにあたって、賢治のことを調べて、作品を読み始めたら、「イメージと結構違うな」ってわかって。まじめだと思っていた賢治の、恥ずかしい側面が見えてきたんです。春画を集めてるのに、女性が苦手なところとか(笑)。一般的に持たれている聖人のようなイメージと違っていて。彼の人間臭さを知って、はじめて親しみを覚えました。読者さんにもそれが伝わったのか、人気なんですよ、賢治は。太宰と並んで人気のキャラクター。賢治についての感想だと、ほとんどが、「こんな人とは思ってなかったけど、こっちの方がおもしろい!」って。

―― 教科書に載っているイメージが強いですよね。「アメニモマケズ」とか……。

千船 私はあの詩、すごく好きですね。でも、子どものころはやっぱり苦手で。昔、通りがかった建物の壁一面に「アメニモマケズ」の詩が書いてあったんです。それを見て、重さを感じて、彼に苦手意識を持ってしまったんです。でも、いろいろと人生経験を経てきた今、そして賢治のパーソナリティを知ったあとで読むと、深い詩だな、って感動した。もしかしたら、宮沢賢治はそういう作家なのかもしれませんよね。大人になって、価値が転換する文豪のような気がします。

―― 大人になってから、よさがわかってくる。そういう作家さんって、賢治以外にもいますか?

千船 うーん、私は、太宰でしょうか。やっぱり、子どものころは苦手だったんですよね。教科書に載ってた「走れメロス」とかうっとうしいなって……(笑)。子どものころの私、かなりひねくれてたんですよ。「一生懸命目標に向かって頑張る!」みたいな空気が苦手で。そういうものを素直に受け入れられなかった。でも、大人になるにつれて、いろんなことを体験してから「走れメロス」を読み直すと、感動したんです。長い時間をかけて、価値がわかるようになった。

―― 「自分の成長にシンクロする」というのが、純文学のよさなのかなと思います。読者と一緒に歩いていけるような。

千船 そうですよね。私の子どものころの読み方って、共感するより、批判が先にくる読み方だったんです。今の私と、子どものころの私とで、明らかに違うのは、今の私はメロスに感情移入ができる。「走れメロス」では、メロスの中にだんだん矛盾した気持ちが出てくるんですよ、最初は友達のために走ってるんだけど、だんだん面倒臭くなってくる。自分から友達を犠牲にしたのに(笑)。
 

(つづく)
走れメロス (角川文庫)
作者:太宰 治
出版社:KADOKAWA / 角川書店
発売日:2014-10-25
  • Amazon Kindle

 

※この記事は「ホンシェルジュ」(http://honcierge.jp/interviews/94/interview_contents/174?debug=true)より転載いたしました。
 
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