一方通行の愛情では伝わらない!滅びゆく亭主関白夫に捧げるF短編集恐怖の一作『コロリころげた木の根っ子』

八幡 ネジ2016年10月26日 印刷向け表示
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先日『後妻業の女』という映画を観た。資産を持つ高齢独身男性の後妻になり、多額の金品を貢がせる「後妻業」を生業とする女を描いた作品だが、この作品は実際に大阪で起きた事件を題材にしているものらしい。映画で描かれる後妻の小夜子にはもはや夫への愛情はなく、夫の死後に相続する資産しか見えていない。夫の死を待ちわびる小夜子は「事故に見せかけた手口」で殺害を実行すべく、次々に独身男性に毒牙を向けていく――。

 

 

『コロリころげた木の根っこ』に登場する小説家・大和もきっと殺される。きっと女房に殺される。「事故に見せかけた手口」で殺される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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作者:藤子・F・不二雄
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文芸公論社の編集者・西村が、大作家である大和先生の原稿を頂戴しに邸宅まで足を運んだところから物語は始まる。豪放磊落な大和は原稿をそっちのけで「ま、ひとつやってください」と早速西村に酒を勧める。訊くと原稿はまだ一枚もできていないとのこと。原稿締め切りが刻一刻と迫るなか、担当の西村は恋人のデートを断って大和につきっきりになることを強いられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれにしてもこの大和という男、亭主関白思想が常人のそれとは比にならない。

酒瓶が空になれば「酒!」と大声で空瓶を廊下に投げつけ、女房に新しい酒瓶を持って来させる。ペットのカニクイ猿が外へ逃げ出すと、女房の頬に強くバシッと平手打ちをして責任を取らせる。ふいに遠方への取材旅行を思い立つと「電話!」と咆哮し女房に電話を運ばせ、女房の目の前で旅行相手の若い女の子を家に呼びだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女房なんて力づくで押さえるべきものだよ。けっきょく、女がしたがうのは男の強さなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでいきすぎた亭主関白思想は現代では絶滅種となっているのではないだろうか。大和はかつて新婚初夜、女房をほったらかして芸者買いに興じてやったと楽しそうに西村に語る。

 

「さしでがましく」旅行の準備をする女房を何度も平手打ちをして叱る大和を見て、旅行に呼び出された若い女性は、西村にひっそりと言う。 

 

 

 

 

 

 

先生いつかおくさんに殺されるよ

 

しかし大和はこういった女房への暴虐な仕打ちもすべて愛情のうちだと言う。心の内では感謝しているし愛してさえいる、そして女房もそのことをわかっているはずだ――との一方的な確信が彼にはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

一向に原稿に着手しようとしない大和をひたすら待ち続ける西村は、大和の過剰な亭主関白っぷり同様、節々に見受けられるこの家の奇妙な光景がずっと気になっていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妻がプレゼントしたという珍奇なペット、便所に不自然に置かれた灰皿、夕食に出される毎度毎晩同じような献立、何度片付けても元の場所に置かれる酒の空き瓶――。

 

 

その夜、ウイスキーを探すべく邸宅を探訪していた西村は、明かりの灯ったとある一室でこの家庭に根付く深い闇を知ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところできみ……構想がまとまったよ」
「ほんとですか!?」
「題名は『コロリころげた木の根っ子』。徹底的に受け身の主人公にする。童謡があるだろ。ウサギのほうからとんできて木の根にぶつかるっての。あれみたいに自分は手を下さずにひたすらチャンスを待つんだ」

 

――最後の一コマにはゾワッと鳥肌が立ってしまう。Fワールド最恐の作品のひとつ。

たった二十二ページの掌編漫画。しかし一ページ以前から連綿と続く深淵なる怨恨がありありと浮かぶようで、なんだか遣る瀬がない気持ちになる。

夫婦間やカップルの関係だけでなく、子どもへの教育でもペットのしつけでも、相手との対話なしに「これが俺の愛情なんだ!」「このやり方があたしなりの愛の伝え方よ!」なんて一方通行の振る舞いをしてしまうと、感謝されるどころか怨恨を買ってしまうことは往々にしてある。

「あっ……」と心当たりがある方は、家の中の節々に不自然なところがないか探すべし。

 

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