あなたも知りたくないですか? 『医者とはどういう職業か』

仲野 徹2016年10月14日 印刷向け表示
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医者とはどういう職業か (幻冬舎新書)
作者:里見 清一
出版社:幻冬舎
発売日:2016-09-30
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医業を営んでいるわけではないけれど、医学部で教える身として、医者関係の本はけっこう手に取ることが多い。しかし、残念ながら、どう考えても内実を知らない人が書いていたり、特殊すぎる例があげられていたり、いまひとつ実感とそぐわない本も多い。そんな中、この本は納得の一冊である。

ただし、これには、少し注意すべき点があるかもしれない。筆者の里見清一先生が4~5歳年下で、ほぼ同世代に属するということだ。医学教育や医療の制度はかなりの速度でかわってきている。なので、世代によってとらえ方がずいぶんと違う可能性も否定はできない。たとえそうであったとしても、実に優れた本であることは断言できる。

ふだんのレビューでは、筆者について書くときは呼び捨て、あるいは、せいぜい、さん付けなのに、つい、里見清一先生と、先生をつけて書いてしまった。習慣というのは恐ろしい。この本の冒頭にも書かれているように、医師仲間で『先生』というのは、敬称というよりは、単に便利だから使われているにすぎない言葉なのであります。

この四半世紀の間、日本の医学界にはいろいろな変革があった。なかでも最たるものは、医局制度の崩壊だろう。いまとなっては、どうしてあれほどおかしな制度がまかり通っていたのかが不思議なほどだ。能力や技術よりも雑巾がけが重視されがちなシステムはいずれなくなるだろうと若いころから思っていた。

我ながら先見性があった、と言いたいところだが、そうでもない。生きているうちには医局制度なんぞは無くなるだろうとは思っていたが、これほど急速に進むとは夢にも思わなかった。初期研修医制度が引き金になったためだが、あまりにスピーディーだったので、医療の地域差などの問題が顕在化してきている。ソビエト連邦も崩れ出すとあっという間だったし、その後に残された問題点も深刻だ。長続きしてしまったおかしなシステムというのは、同じような宿命をたどるものなのかもしれない。

医局制度といえば、『白い巨塔』を思い出す人も多いだろう。里見先生-慣例にしたがって、先生と呼び続けることにします-は、平成15年に放映された唐沢寿明版・白い巨塔の作成に助言者として参加しておられたそうだ。山崎豊子の原作は昭和38年からの連載で、田宮二郎主演でのテレビ番組が昭和53年。4~50年の歳月が過ぎていたのだから、ある程度内容を変える必要があったのは当然だろう。

里見先生が書いておられるように、いまとなっては、十年少し前の唐沢版でさえ、かなり過去の遺物になってしまっている。それほど、医学や医療を取り巻く環境は激変したのである。田宮版が制作されたのは原作から15年後であるが、ほぼ原作に忠実に映像化されて違和感を与えなかったのとは大きな違いだ。

ここで一言、念のために申し添えておきますが、『白い巨塔』はあくまでも浪速大学医学部を舞台とするフィクションでありまして、我らが大阪大学医学部とは何の関係もございません。なのに、時々勘違いする人がいて、教授選では現ナマが飛び交ったりするんですか、とか聞かれることがある。あらへん!っちゅうに。

幻冬舎の月間PR小説誌『PONTOON ポンツーン』での連載が書籍化された本なので、内容は多岐にわたっている。医局制度から、取ったところでどうということはないが取らなかったら気持ちが悪いので「足の裏の飯粒」と揶揄されることもある医学博士号、医師の収入や忙しさ、NHKの『ドクターG』でおなじみの総合医、医療ミスをめぐるリスク、さらには、看護師さんをはじめとする病院内での人間関係まで、里見先生の豊富な実体験だけでなく、その裏付けとなる論文も紹介されていたりして、えらく勉強になる。

「名医」や「良医」についての里見先生のお考えは、一般とはすこし違っているかもしれないが、間違いなく正しい。「高齢者と瀕死患者が激増する近未来社会」において「死なせる医療」に力を注がなければならない、というのは、ガワンデの『死すべき定め』に通じる点もあり、これから避けては通れない問題だ。もうひとつ驚いたのは、米国では、年間2万5千ドルの契約で、患者のいかなる要望にも応える「コンシェルジェドクター」なるものがあらわれてきている話。時代である。

最後に、仕事がら気になったのは、医学教育についてである。どう考えても医師には不向きと思われる医学生や、勉学態度がまったくよろしくない医学生についての嘆きが綴られている。里見先生にご指摘いただくまでもなく、ホントに悩ましい問題であって、つい先日も、教育担当の教授と嘆きあっていたところだ。知らなかったのであるが、里見先生によると、看護系の学生たちは、医学生と真逆で、実に熱心に勉強するらしい。

う~ん、何があかんのやろうか。ひとつの理由は、医学部にはいるのが難しすぎるということにあるのかもしれない。この本にも書かれているように、医学部は軒並み偏差値が高い。小さな頃から勉強をいっぱいしたために、入学時には疲弊してしまっていて、これからは勉強しなくていいと勘違いしているような輩も少なくない。中学校以来、教科書や参考書以外の本を読んだことがないと豪語する子もいる。だいじょうぶですか…

「医学部を出て、国家試験に合格してしまったらあとは万々歳」
というような甘い考えは捨てた方がよかろうと思う。

これには完全に同意だ。医学生たちは、この言葉を肝に銘じておくべきである。今ならまだ間に合うかもしれない。さらに里見先生は、医学生たちの将来について相当に悲観的だ。

「医学部は出たけれど」
という台詞が巷に溢れる世の中は、案外近いのではないか。

さすがに、そこまではいかないのではないかと思う、というか、思いたい。

この本は、医療に関心のある人だけでなく、医師をめざす若者や、その親御さんにぜひ読んでもらいたい。ここに書かれている程度のことで決意が揺らぐようならば、最初から他の道を選ばたほうがいいだろう。

書き終えてふと気づいたんですけど、「先生」とつけると、敬称ではないといいながらも、思わず「おられる」とか敬語を使ってしまってます。こういうのが、お医者さんたちの意識に微妙な影響を与えてるのかもしれませんなぁ。 

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか
作者:アトゥール・ガワンデ 翻訳:原井 宏明
出版社:みすず書房
発売日:2016-06-25
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これは絶対的な名著である。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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