両親事故死で貧困に陥った『ひとり暮らしの小学生』を支えたのは、一人ひとりの名もなき市民から差し伸べられた暖かな手のひらだった。

工藤 啓2016年10月19日 印刷向け表示
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ひとり暮らしの小学生(カラー4コマ136P)
作者:松下 幸市朗
出版社:パコス
発売日:2014-11-07
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 子どもの貧困がクローズアップされてからというもの、凄惨な実情や調査データ、として子どもたちを支えようとする市民の動きの数々です。

10月17日の朝日新聞では読むに耐えない記事が掲載されました。私たちの社会は一体どこに向かっているのでしょうか。幼い子どもを橋から落としたのは母親ではなく、私たちの社会ではないでしょうか。

 

朝日新聞デジタル:「バイバイ」笑顔の幼子、母は橋から落とした
 

子どもの貧困の原因を一言で表現することはできませんが、この社会課題に飛び込んだ自治体の調査報道を見ても、「親の問題」であるとか、「自己責任」で片づけることのできない事実が浮かび上がります。ひとりの納税者として、とにかく子どもたちが死なない、殺されない社会のため政府には大きな予算を投下していただきたいです。もう持続可能性の議論は、幼い命が救われてからでいいのではないでしょうか。

9歳で両親を事故死で亡くした鈴音リン(小学校四年生)が、残された小さな食堂をひとりで切り盛りしていくのが、本書『ひとり暮らしの小学生』です。ユーモアあふれる四コマ漫画ですが、その端々に表現される子どもの貧困、その状態におかれた子どもに突き刺さる地域の視線、直接的に手を差し伸べることができずに悩む担任教師の姿があります。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

また、実際に幼い子どもがひとり食堂経営しながら生きていくのは、児童福祉の観点から現実的かつ実践的ではないにせよ、鈴音リンがおかれた両親不在という厳しく寂しい環境にあっても笑顔を絶やさず健やかに暮らしていくにあたり、子どもの貧困を解決していくため、名もなき市民である私たちができること、やるべきことが本書には散りばめられています。

子どもの作る料理ですから、料理店のような確かな味ではありません。むしろ、甘いものを好むリンの料理は食べられたものではありません。どれほどお腹鳴っていても、いかに食べないようにするかという常連客のミッションすらあります。

しかし、そのなかでもまっとうなものとしてコーヒーがあります。常連はとにかくここでコーヒーを注文します。他のお店にはいかず、リンのコーヒーを飲むのです。彼女にお金を渡すのではなく、彼女のサービスを買い続けるのです。そして女の子一人の生活に疲れたリンを優しく包みます。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

本書は江の島の小さな食堂が舞台です。そのため、大勢の観光客もいれば、地域のひとたちもいます。リンも「ガラが悪い人達も多いです」といいますが、その一方で、小学生のリンには心優しい一面を見せることもあります。見た目ではなく、心の大切さを感じざるを得ません。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

まがりなりにも食堂ですから食材の調達が必要です。小さなお店なので大規模に仕入れることはなく、地域の個店で購入します。個店主もリンの実情を知っていますから、本人をひとりのお客さまとして迎え入れながらも、それとなくリンを支えていくのです。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

一番寂しさが募るのは、子どもたちが家族と楽しむクリスマスや年末年始。サンタクロースからのプレゼントも、家族での年越しそばや初詣もありません。小学生であるリンにとって、家族のいない生活というのは、やはり、とても寂しいものなのです。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

では、彼女はずっとひとりで孤立し、不幸せなのでしょうか。そんなことはありません。十分とは言えないかもしれませんが、そこには友達や大人たちの暖かな手が差し伸べられ、ひと時の安らぎや幸福感を持ってリンを支えていきます。

泥棒はサンタクロースに。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

常連は家族の雰囲気で年越しを。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

そして、友人は偶然を装って初詣へ。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

ひとつ忘れてはならないのが、小学生にとって自宅と同じくらい、いや、それ以上に長い時間を過ごすのが学校です。理解のある担任やよき友人に囲まれていれば、寂寥感も少しは和らぐでしょう。ときおり、本当は好意を寄せているのに意地悪をしてしまう男の子や、ちょっとだけ気分が悪いときにあたってくる女の子もいるでしょう。それでもお互いを信頼しているからこそ、総じて学校は楽しいのです。

しかし、そのような小さな小さなコミュニティも席替えやクラス替え、進級・進学によってガラッと環境が変わったりします。特に子どもにとって違和のあるリンのような存在は、運に恵まれなければ学校は居心地の悪い、つらい場所になりかねません。実際、そういうケースは学校や社会にもあるのではないでしょうか。多様な関係性を築くための環境変化は必要ですが、個々の事情やグループを無下に解体することで失われる大切なものもあるかもしれません。

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 

 

『ひとり暮らしの小学生』

 


本書は、主人公のリンが小学五年生に進級したところで幕を閉じます。しかし、その後のエピローグにおいて、大人に成長したリンの姿を見ることができます。両親を事故で失い、ひとり暮らしを余儀なくされた少女は、たくさんのつらい想いと、友人や大人に囲まれたたくさんの幸せな想いに囲まれながら、どのような大人になったのでしょうか。

小学生の少女がひとり暮らしで食堂経営をするという設定は、学校に通い、地域のつながりがあるということからも、現代社会ではほぼないと言えます。しかし、本書が示唆するものは、両親不在の貧困状態であっても、それに気が付いた大人や教師、友人が自分なりにできることを考え、実践していくことで、ひとりの少女が笑顔で生きていけるということです。何十万人の子どもたちを支えようとすれば途方もない道のりですが、目の前で竦んでいるひとりの子どもに優しい声をかけ、手を差し伸べることは今日この瞬間実践できます。そんな当たり前のことを、改めて本書は訴えかけてきます。

 

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