「羽生さん?強いよね?序盤、中盤、終盤、スキがないと思うよ」で有名なあの有名棋士が監修。プロになる棋士となれない棋士の心情を繊細に描く『或るアホウの一生』

山田 義久2016年10月25日 印刷向け表示
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或るアホウの一生(1) (ビッグコミックス)
作者:トウテムポール
出版社:小学館
発売日:2015-10-07
  • Amazon Kindle

 将棋マンガといえば名作ぞろいですが、今話題の『3月のライオン』は15歳でプロになった天才棋士の話、一方『ハチワンダイバー』はあと一歩でプロになれなかった棋士が賭け将棋をきっかけに再起を計る話、そしてこの『或るアホウの一生』はちょうどプロ(四段)になれるかなれないかのところ(三段リーグ)でギリギリの勝負を続けている棋士たちを描く作品です。

受験した人とかはよくわかると思うのですが、志望校に受かるか受からないかのラインをフラフラしているときが、一番辛かったりするわけです。希望と絶望が目の前をチラチラするので心の持っていきかたにも困るような。
将棋の世界も残酷なくらい勝敗が明確で、誰か偉い人がゲタをはかせてくれたりできない世界。棋士たちには師弟関係や友情はあるけれど、結局常に勝負には一人で対峙。勝利も敗北も、希望も絶望もすべて自分の責任で、自分だけのもの。作中のそんなごまかしのできないそんな世界で生きる彼らのリアルな言動には引き込まれるものがあります。

この話がリアルなのもの当然で、監修があの「羽生さん?強いよね?序盤、中盤、終盤、スキがないと思うよ。。」で一時期日本のネット界の笑いをかっさらったハッシーこと、橋本崇載八段というトッププロなのです。あの動画で爆笑した人ならそれだけでも本作は買いですよね。

本作、特に私がいいなと思うのは、主人公がいきなり無双していないということです。
主人公の高以良瞬(17歳)は将棋に没頭するものの、プロの一つ手前の3段リーグからもうひとつ抜けられないものを感じている高校生棋士。師匠に相談に行こうにも「勉強して技術を高めるのはみんながしていること。そこから何をするか。。。」と、肝心なところは教えてもらえません(というか師匠自身にも答えがない模様)。

(出所:1巻 主人公の高以良瞬。プロの意味に悩むの図)

(出所:1巻 この師匠がいうことが芯を食って結構きつい。おそらく橋本さんの考えが色濃く出ているのでは。。)

悶々と考えるうちに高以良が出した答えは、ピアスを開け、ビジュアル系の化粧をすること。曰く、社会との断絶式を行ったとのこと。当然これは社会に対する反抗とかではなく、退路を立って将棋のみに対峙するための彼の決意の現れ。で、このページ読んだ瞬間に橋本八段の伝説のパンチパーマを思い出したあなたは私の仲間だ。

(出所:1巻 ピアスを空け、化粧をして社会との断絶を発表)

しかし!この"退路立ち"くらいで飛躍的強くなれるほど将棋は甘くないようで、序盤は連勝するもののフェアでない、いや、フェアネスに欠けるとも言える勝負をした相手棋士に対してメンタルを揺さぶられ、そこから負けこみ、そもそも勝負の意味を考え込んだり、さらに深みにはまってそもそも将棋をする意味を考え込んでしまったり、、、と。強くなりたいと願う棋士たちのガラスのハートが丁寧に描かれていきます。

現時点で2巻までしかでていないのですが、強烈に印象に残ったのは、やっぱり単純で重要な問いほど真面目に深堀りすると血まみれになるということです。本作中では「将棋に強いということはどういうことか」。将棋に強いとはどういうことか→自分は将棋にどう向き合うべきなのか→自分はなぜ将棋を刺さなければならないのか→そもそもそんなに時間と労力を費やすほど将棋は好きなのか、等と今まで積み上げてきた自負やプライドを切り裂きかねないブーメランのような質問が返ってくるからです。

(出所:2巻 なかなかプロになれない若手棋士が師匠に問い詰められるの図。これも芯を食って本質的な問いだが、企業でやったらおそらく圧迫面接で訴えられる)

特にプロになれるかなれないかのラインをさまよっている登場人物たちは、ただでさえ情緒不安定気味なのに、そのような根元的な問いも突き付けられて、レゾンデートルを強烈に揺さぶられ、その様子が絵と文字で詳細に描かれていきます。

けど、この問いをスルーして、将棋のプロ、つまり作中でいう「将棋を一生の仕事にすること」はできず、作中のみならずおそらく現実でもその問いに対する答えを何らかの形で体得(考え苦しみ抜いてでも、生まれつき体得しててでも)しているのがプロのかも、、と考えさせられました。そう、実は軽めのタッチながらかなり深いテーマが潜む作品なのです。

(出所:2巻 これだけ見ると何のこと全くわからないがかなり重要で深い意味が込められた一コマ)
2巻の終盤で今まで3段リーグで一緒に戦っていた仲間たちに明確に明暗が付き始めます。正直こんなに展開が早いと思いませんでしたが、読んでいるうちにプロの棋士が考える「プロになる人はどういう人か」というテーマについて細かく教えてもらっているような気になります。いきなりバトルマンガになったり、出来損ないのオヤジが返ってきて家族を荒らしまわるようなドラマティックな展開はないですが、淡々と染み入るストーリーで目が離せません。
おススメ!
或るアホウの一生(2) (ビッグコミックス)
作者:トウテムポール
出版社:小学館
発売日:2016-10-12
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 最新刊の2巻は最近でたばかり。

3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)
作者:羽海野チカ
出版社:白泉社
発売日:2008-02-22
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 話題性ではこの3月のライオンにぼろ負けだけど、面白さとテーマの深さでは負けてない。

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
作者:柴田ヨクサル
出版社:集英社
発売日:2006-12-19
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 将棋マンガの先駆けといえばこのハチワンダイバー。

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