あなたの「ふつう」をあつらえる 『未来食堂ができるまで』

堀内 勉2016年11月01日 印刷向け表示
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未来食堂ができるまで
作者:小林 せかい
出版社:小学館
発売日:2016-09-09
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この夏に軽井沢で長野県産ワインをプロモーションするためのレストランをオープンしたのだが、当初の予想通りと言うか、とにかく全く儲からない。クラウドファンディングで沢山の方々から開業資金のご支援を頂いて、それが大きな助けになっているのだが、それでも内装・設備など開業コストの負担が重過ぎて、とても投下資金が回収できる感じはない。

レストラン経営が儲からないとは聞いていたものの、売上、原価、人件費、家賃、減価償却費くらいしか項目がない単純なビジネスモデルなのに、黒字にするのが驚くほど難しいことを改めて思い知らされた。

そんな時に、この『未来食堂ができるまで』に関するダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー編集部による書評『未来食堂は、経営の未来となるか』 を読んで俄然興味が湧き、その日の内に神保町の日本教育会館の地下にある未来食堂まで行ってランチを頂いてきた。

いきなり本書の著者である小林せかいさんご本人がカウンターの中にいて接客してくれたのでビックリしたが(店主なのだから店にいるのは当たり前なのだが)、メニューは1種類でカウンターに座った途端にその日の定食が乗ったお盆が出てきた。次におひつが出てきてお代わりは自由ですということだったが、一年前のライザップ効果が切れてきて今ご飯は控えめにしているので、一杯だけ軽くよそって頂いた。

食事が終わってお金を払おうとしたらキャッシャーが見当たらず、一瞬、もしかしたらここではタダで食事をさせてくれるのか(でもまさかそんなことはないよな)と思ったら、ちゃんと「900円です」と言われ、支払いと引き換えにラミネートされた次回100円引きのカードを頂いた。

12席の小さいカウンターの中には、恐らくまかないさんと思しき方が2名いて、小林さんの指示で一生懸命働いていたが、このアットホームな手作り感や昭和風でレトロな食器に囲まれているだけで、さまざまな光景が頭に浮かんでくる。

そんな「新しいけど懐かしい」未来食堂の店主小林さんがお店をやると決めたのは、初めて喫茶店に行った15歳の時だと言う。当時、学校と家という狭い世界に閉じこもっていた中で、生まれて初めてそのどちらでもない「サードプレイス」(アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した考えで、生活を営む「ファーストプレイス」、職場など長く時間を過ごす場所「セカンドプレイス」と共に、創造的交流を生むコミュニティの要になる重要な場所)という概念に接し、衝撃を受けたと言う。そして、その時にイメージした「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所をつくる」というのが、いまの未来食堂のコンセプトになっているそうだ。

そこから出て来た未来食堂のコアメッセージは、「あなたの『ふつう』をあつらえる」である。「あつらえ」とは、注文して作ってもらうオーダーメイドのことで、お客さんが食べたいと思うものを一緒に作るシステムである。昼食は一律メニューだが、夕食は壁紙に書かれている食材からお客さんが選び、「温かいものが食べたい」「ちょっと喉が痛い」など気分や体調を伝えれば、+400円で好みに合わせたリクエストを聞いてもらえる。

コンセプトを「誰もが」としたことから生まれた仕組みが「まかない」である。これはお金がなくても、50分お店で働くことで1食無料になる仕組みである。お手伝いの時間と内容は予め決まっていて、ランチタイムの客の注文取りや、閉店後の掃除などである。このシステムは、小林さんがクックパッドを辞めてから店をオープンするまでの1年4ヵ月の間、サイゼリヤなど6つの飲食店で調理や接客の修行をした際に思い付いたそうだ。

更にユニークなのが、ここで50分働いた人はその1食分の権利を見知らぬ他人のために店に置いていくこともできる、「ただめし」と呼ばれる仕組みである。困った時は誰でも使えるただめし券が、入口の壁に目立たないように(本当にただめし券を必要な人が恥ずかしい思いをしないで取りやすいように)貼ってある。

また、飲み物の持ち込みを無料として、その代わりその半分は他のお客さんにおすそ分けする「さしいれ」という仕組みもある。これは、貧しい子どもに無料・格安で食事を提供する「子ども食堂」をヒントに考えた、次の人の会計を負担する「ペイ・フォワード」と呼ばれる共助のシステムである。つまり、人から受けた恩をその相手に返す(ペイ・バック)のではなく、 他の誰かに返すことで善意の輪を広げていくことが、ペイ・フォワードなのである。

こうした数々のユニークな仕組みを導入している未来食堂だが、ここのすごい所は、店舗の収支実績と計画を全部開示していることで、それを見ると早くも開業初年度から黒字を確保しているのである。本書によると、脱サラ・非経験者が飲食店を始めて開業3年以内につぶれる確率は何と9割だそうだから、未来食堂の収益性は驚異的である。

小林さんは、東京工業大学理学部数学科卒、日本IBM、クックパッドに6年間勤務した後に脱サラしたITエンジニアで、そこで学んだ「オープンソースソフトウェア」という考え方に魅かれたそうだ。これは、ソフトウェアのコードを一般に無料で公開し、誰もが共有できるようにする仕組みで、それによりソフトウェア業界はソフトウェア間の互換性を高め、お互いの製品をユーザーにとって使いやすくしようというものである。こうしたエンジニアとしての経験が、単なる思いだけではなく、この店の効率的な運営の背景にしっかり存在するのである。

これだけの才能と行動力があれば、場所を選んで働けばかなりの収入を得られるだろうにと思うのだが、多分、そうした考え自体が昭和の発想なのだろう。小林さんは、儲けや生活のためにレストランを経営している訳ではなく、最初から「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所をつくる」という大きな目標があって、それを実現するために未来食堂を開いたのだから。

本書を読んでいて、小林さんと同世代で気仙沼ニッティング社長の御手洗瑞子さんを思い出した。東京大学経済学部卒、マッキンゼー、ブータン首相初代フェローという経歴の御手洗さんが次のキャリアとして選んだのが、東日本大震災後の気仙沼で高級カーディガンを手編みする会社を起業することで、この会社も創業初年度から黒字経営を続けている。

東北で「働く人が誇りを持てる仕事を作りたい」という思いから、何ができるかを綿密に考えて編み物の会社を起業するに至った彼女の活動の軌跡は、『気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社』に詳しく書かれているので、是非こちらも参考にして頂きたい。

この二人に共通するのは、1980年代生まれで経営者としてはかなり若く、旧来の既成概念に囚われずに自分の信じた道を突き進んでいること、他人の価値観に合わせるためや金儲けのためにではなく自分の夢の実現のためにその才能を使っていること、そしてその周りには彼女たちを取り巻く共感の輪が広がっていることだと思う。

小林さんは、未来食堂のフランチャイズ化や2号店、3号店を展開することで儲けようと考えている訳ではなく、未来食堂に共感してくれる自分よりも優れた人間が、未来食堂を別の概念に転化してくれるはずだと考え、自分はその人にバトンを渡すいちプレーヤーに過ぎないのだとして、むしろそうなることを願っている。そして、小林さん自身は、この先に、例えば「あつらえのある宿泊施設」「あつらえのあるアパレルショップ」など、業界にこだわりなく新たなビジネスモデルの創造を模索しているそうだ。

勿論、彼女の活動は昨年始まったばかりで、外形的には一軒の食堂が思いのほか上手くやっているだけだと言えなくもないし、彼女の経歴がマスコミに新奇性をもって受け止められているだけなのかも知れない。料理のレベルにもまだまだ改善の余地はあるとは思うが、バブル崩壊後の「失われた25年」の中から、ようやく日本にも新しい希望が芽吹いてきたのだと信じたい気持ちにさせてくれるのもまた事実なのである。 

気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社
作者:御手洗 瑞子
出版社:新潮社
発売日:2015-08-19
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