ウンコのうんちく、てんこ盛り 『トイレ 排泄の空間から見る日本の文化と歴史』

仲野 徹2016年11月14日 印刷向け表示
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はばかりと呼ばれることがあるほどに、口にすることが憚られがちなトイレである。毎日必ずお世話になるにもかかわらず失礼なことだ。そのトイレを巡っての、うんこ話じゃなくてうんちく話が、うんこ盛りじゃなくててんこ盛りの一冊だ。編著者は『屎尿・下水研究会』である。会員は20名ほどだが、その職種が便器の設計者や紙の研究家、屎尿処理行政担当者など多岐にわたっているだけあって、ほんとに様々な話題がちりばめられている。

意外にも、世界最古のトイレは水洗だった。メソポタミア文明のエシュヌンナ遺跡から見つかった紀元前2200年ころのものである。日本でも、縄文時代の遺跡から桟橋式のトイレが発掘されている。まさに「かわや」だ。どちらも水洗とはいえ、基本的には川に流してるだけですけど、まぁ、道糞してほっとくよりは、うんこまし、じゃなくて、うんとましですわな。

近代的な意味での水洗トイレは、エリザベス女王のため1597年に作られたものであります。なんでも、エリザベス女王は屎尿のにおいが大嫌いで、自分のものにも耐えられなかったそうであります。さすがです。ちなみにそれ以前は椅子式の「おまる」でありました。また、そのころのロンドンでは、家庭からの屎尿は川に投棄されていたので、細い川などは屎尿や汚物で堰き止められるようなこともあったとか。イギリス、いろいろとすごすぎます。

特殊な水洗トイレとしては、高野山式トイレがある。さすがは弘法大師、なんと平安時代にちゃんとした水洗トイレがあったのだ。高野山の寺院や民家では、谷川の水を竹筒などで台所や風呂場に配水していた。いわば流れっぱなしの上水道である。その排水を便壺(便所の床下にあって屎尿をうける壺を意味する専門用語である)のないしゃがみ式トイレに流しっぱなしにしていた。これは水が豊富に流れているようなところでないと不可能だけれど、立派な天然の下水道である。

いまではすっかり聞かなくなったが、うちの祖母などはトイレへ行くとき「ちょっと高野山へ」とよく言っていた。この言い回しは高野山式トイレが語源という説もあるらしい。ひょっとしたら世間のあこがれだったんだろうか。残念なことに、交通の便がよくなるにつれて参詣者が増し、便が川に堆積するようになったりして、高野山式トイレは使われなくなっていったらしい。

歴史的に特筆すべき高野山式トイレだけでなく、ウォシュレットの発明など、日本はトイレにおいてきわめて先進的である。今はユニバーサルデザインや節水の技術も進んでいる。なんとクールジャパン戦略にまでハイテクトイレが活用されているらしい。

TOTOは、ウォシュレットの開発で臭いところに水を吹きかけただけあって、かゆいところに手が届く企業である。両国国技館の力士用トイレでは、便器を大きく、便座を普通より頑丈にしてあるだけでなく、便座と便器があたる部分のクッションの数も増やしてある。さらに、つまりにくくするように便器の排水路も太くしてあるという。そうか、お相撲さんのうんこは太いのか…

この本は4章立てで、ここまでが、最初の3章『日本のトイレ・世界のトイレ』、『クールジャパン的トイレ』、『日本のトイレの歴史概観』の要約、というか、気に入った話の抜き書きである。ここまででも十分におもろいのだけれど、真骨頂は、研究会のみなさんが繰り広げられる研究内容を紹介した第四章だ。あまりにも脈絡がないので、少し長くなるけれど、それぞれのタイトルを紹介しておく。

『和船の歴史と便所』
『江戸時代の便所』
『江戸近郊における下肥の流通と肥船』
『拭う紙、捨てる紙』
『トイレットペーパーの歴史』
『トイレットペーパーの初めての新聞広告』
『トイレの神様』
『有料トイレの系譜』
『近大公衆トイレの第1号』
『昭和10年代の東京における屎尿処理』
『屎尿汲み取り業を顧みる』
『日本独自の屎尿消化処理と農業利用』
『豚便所フール』
『列車のトイレ』
『富士山のトイレ』

どうだ、このラインナップ!このうちひとつも興味を持つことができないなどという人がこの世にいるとは思えないバラエティーだ。

『豚便所フール』だけが、なんのことかわかりにくい。フールとは、かつて沖縄の民家で広く使われていた、石組みで作られた「人間の大便を家畜である豚に飼料として食べさせる形式の便所」である。なんでも、普通の飼料だけで飼われて人糞を与えられていないような豚肉には買い手がつかなかったということなので、大便を飼料に混ぜると美味しい肉ができたんだろう。寄生虫など衛生上の問題で使われなくなり、いまでは少数が残っているだけの文化遺産である。

どれもが、ほぉなるほどと思わせる内容であるが、もうひとつ最後に『列車のトイレ』について簡単に紹介しておきたい。すっかり忘れていたが、子どものころの列車トイレは「垂れ流し式」であった。文字通り垂れ流すのであるから、駅に止まっている時は使ってはいかん、と注意されていた。飛び散らないように工夫がされていたとはいえ、沿線住民の人はよく我慢しておられたものだ。

タンク式トイレが採用されたのは、新幹線からなので、1960年代になってからのことだ。もちろん、今はすべての列車トイレがタンク式になっている。JRで用いられているのは循環式と呼ばれる方式で、汚物タンクにはいった屎尿と洗浄水は、タンクの中にあるフィルターを通して水だけが吸い上げられ、薬液をいれて繰り返し使われている。列車トイレの水が再利用水とは知らなんだ。

江戸時代、京都では女の人も立って小便をしていたとか、バキュームカーがどれだけがんばっていたかとか、トイレの神様は植村花菜が唄う前から日本中にいてたとか、この本でどれだけ賢くなれるか、あげていけばキリがない。なかでも、日本における糞尿の利用が極めて優れたエコシステムであったことは、誇りとともに記憶にとどめておきたい。

そういえば、昭和40年ころまでは、大阪近郊にもまだ肥溜めが残っていて、小学校の耐寒遠足の行き先にもぽつぽつとあった。その頃は、今よりもだいぶ寒かったこともあって、肥溜めの糞尿がカチカチに凍っていて、上に乗って遊んだりしていた。割れでもしたらうんこまみれなのであるから、けっこう勇気がいった。それに、大阪だけかもしれないが、肥溜めやポットン便所にはまって便にまみれたら、名前を変えなければならないとされていたのも怖かった。

いやぁ、紹介しながらいろいろなことを思い出して、大きくまっすぐなうんこが出た直後のようにすっきりしたような気分である。トイレット博士(若者は知らんだろうが、昔大人気を博した漫画のタイトルである)になれるだけじゃなく、うんこ話を通じてえらくノスタルジックな気分にもなれる、くそ面白い本である。 

江戸の糞尿学
作者:永井義男
出版社:作品社
発売日:2016-01-29
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江戸時代の糞尿についての名著である。素晴らしすぎて、漏らしそうになる。

バキュームカーはえらかった!―黄金機械化部隊の戦後史
作者:村野 まさよし
出版社:文藝春秋
発売日:1996-05
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 むっちゃおもろかったけど絶版。こういう他に類書のない本は出し続けてほしいなぁ。

銭湯:「浮世の垢」も落とす庶民の社交場 (シリーズ・ニッポン再発見)
作者:町田 忍
出版社:ミネルヴァ書房
発売日:2016-06-20
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マンホール:意匠があらわす日本の文化と歴史 (シリーズ・ニッポン再発見)
作者:石井英俊
出版社:ミネルヴァ書房
発売日:2015-09-10
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 ミネルヴァ書房の『ニッポン再発見』シリーズからは目を離せません!

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