排除がはびこる学校から、能力評価の社会で生きることを選んだディスレクシアの少年を描く『ファンタジウム』は、本当の障害は社会の側にあることを私たちに突きつける。

工藤 啓2016年11月15日 印刷向け表示
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ファンタジウム(1) (モーニング KC)
作者:杉本 亜未
出版社:講談社
発売日:2007-06-22
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ディスレクシアという言葉を聞いたことがあるだろうか。文字を読んだり、書いたりすることが困難な読字障害であり、一般生活のなかでは気が付かれにくい障害のひとつでもある。以下、参考までにディスレクシアについて理解しやすいサイトを参考までに付記する。

ディスレクシア(読字障害・読み書き障害)とは?症状の特徴や生活での困りごとは?(LITALICO発達ナビ)

14歳の少年、長見良(ながみ・りょう)はディスレクシアである。良は文字を読んだり、書いたりすることができない。先天性でありながらも、家庭でも学校でも特別な配慮がないまま成長してきた。早い段階でディスレクシアであることがわかれば、その子に応じたトレーングなども付与できただろうが、勉強ができない子どもであり、勉強をしようとしない子どもとして認知されてしまう。


『ファンタジウム』

当然、そのままで成長すれば日常生活でも支障が出る。本書では、危険なところに行かない注意書きや、関係者以外立ち入り禁止のところへも、良は入っていく。周囲からは何をやっているんだと思われるかもしれないが、単純にその文字が読めないのだ。良がディスレクシアであることを知らない人間が、例えば、画用紙に指示を書いて見せているにも関わらず、トラブルになるようなシーンも描かれる。

 

『ファンタジウム』

しかし、家庭や学校の外で彼の存在を受容する人間がいた。マジシャンである故北条龍五郎であった。龍五郎は悩み苦しみながら生きる良に生きる知恵を伝え続けた。それがトリックやマジックであった。良は身に着けたそれらの能力を使い、非合法カジノなどで生活費を稼ぎなら、公園で子どもたちに腕を披露したりもしていた。

 

『ファンタジウム』

確かに、彼には能力があったかもしれないが、ひとつの興味に対して他のことは一切忘れてのめり込み、高い集中力を発揮する才能が良にはあったのではないかと思う。特にディスレクシアに限らず、発達障害などを有するひとのなかには、突出した集中力、これだと決めたものには浸食を忘れて没頭できる才能があるという。

良の類まれなる能力が世に知られるのに多くの時間は要さなかった。14歳という若さ、龍五郎から引き継いだ年齢不相応な話し方が作るギャップ、何よりも幅広い分野のマジックができる能力は、それを強く評価する大人たちをも魅了し、良がディスレクシアかどうかを気にするものなどいなかった。

 

『ファンタジウム』

そんな才能に着目し、良ができない部分を補いながら支えていくれる大人たちのなかで自立してきた良であるが、その大人たちの助言により学校にも通うようになる。特別支援を一部受けながら、一般の生徒に交じる学校生活は、まさに少し目立つ(テレビなどに出る)同級生への嫉妬と、勉強が極端にできない存在に対して執拗ないじめを繰り返す。

 

『ファンタジウム』

そんなことが日常化したなかで生きてきた良は、モノを隠され、水をかけられ、殴られながらも、非常に冷ややかに“そのような人間”を見下す。痛快にも見える場面もあれば、悲しさを抱える良に対して、私たちの実社会でも同じようなことが学校などで起こっている、この特異な人間を排除する社会は漫画の世界ではなく、むしろ、目の前にあるものとして捉えざるを得ない。

 

『ファンタジウム』

本書は、基本的に少年マジシャンとその才能を“評価する大人”社会の描写が多い。しかし、『ファンタジウム』の価値はそこではないのではないか。まず、ディスレクシアというひとつの障害をテーマにしながら物語が展開されていく。わかりづらい障害であるからこそ、本書のようにわかりやすく漫画で示していくことは非常に価値が高い。

 

『ファンタジウム』

二つ目に、学校社会における平均的学力の有無が子どもの評価につながり、排除につながる構造である。特に良はテレビで活躍するなど目立つがゆえに、できないことに対して強烈な嫉妬と妬みが打ち付けられる。みなが同じことを行う時代は終わり、一人ひとりの能力や才能に光をあてていくべき時代において、現実の学校教育が適応できていないどころか、排除により子どもたちの自己肯定感を下げ、人間性をも否定していく状況は、学校という場所に行けない・行かない子どもたちにとってポジティブな要素はないだろう。

私もディスレクシアを含む、何らかの生きづらさを持つ子どもたちとたくさん出会う。そのなかで本書から大きな学びを得たのは、障害は個人が有しているのではなく、私たちの社会の側にこそ障害があるということだ。文字が読めなければ、トレーニングやテクノロジーを通じて読めるように支えていく社会であると同時に、文字の読み書きよりも本人の能力を評価し、その才能の開花に100%の情熱を注ぎこめる社会でありたい。子どもたちのできないことより、できることを延ばしていくことが、たくさんの長見良を育んでいくことになるのだから。

 

『ファンタジウム』

 

 

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