適切な移民政策とは何か──『移民の経済学』

冬木 糸一2016年11月20日 印刷向け表示
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移民の経済学
作者: 翻訳:薮下 史郎
出版社:東洋経済新報社
発売日:2016-10-28
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トランプ次期大統領が不法移民のうち犯罪歴のあるものを強制送還する、メキシコとの間には壁をつくると発言していることもあって、今移民をめぐる問題が熱い。しかし、実際のところ「移民はどのような影響を国(の政治や治安、労働環境)に与えている」のだろうか。アメリカの不法移民は1100万人にものぼるとされているが、仮に彼らを全員強制送還したとしてアメリカ経済にはどのような影響が(不利益にしろ利益にしろ)存在するのか──など疑問は尽きない。

そうした疑問に応えるように、本書はテキサス工科大学経済学教授のベンジャミン・パウエルを編者とし、総勢11人もの執筆陣で、包括的に移民の影響、移民政策はどうあるべきかを詳細なデータを元に論じていく。基本的にはアメリカのデータを用い、アメリカの移民政策はどうあるべきかを提示する「アメリカの移民政策論」だけれども、少子高齢化が極端に進み移民促進の検討も視野に入る日本も一つのモデルケースとして参考にできる部分が多々含まれている。

移民はアメリカ人労働者の賃金に影響をあたえるのか?

同化政策や財政への影響など章ごとにテーマを区切って議論されていくが、多くの人が気になるのはまず移民の経済効果だろう。国際労働移動の障壁を撤廃すると、比較優位の原理に基づき『グローバルな富は世界全体のGDPの50〜150%も増加する』とする研究成果もあるが、「移民を受け入れることによる悪影響は、利益を打ち消すほど大きいのでは」とも考えられる。

たとえば、移民を受け入れたことによって、アメリカ人労働者の賃金が下がり職は奪われといったことはあるのだろうか? 調査方法、対象グループによって違いが出てくるが、過去50年間に発表された10件の代表的研究から導かれる結果はひとつの明確なパターンを示している。賃金への影響についてはほとんどが「効果認められず」あるいは「高校中退アメリカ人の賃金を1〜1.3程減少させる」。雇用への影響も「効果認められず」か「0.23%減少させる」で、ゼロに近い。

これは移民の英語力がアメリカ人よりも大きく劣っていることが多く、両者が不完全代替となっているなどの理由が考えられるが、なんにせよ経済面での不利益はあるとしても極端に少ないと考えていいだろう。逆に利益については、悲観的な推定値を示している研究であっても毎年50億〜100億ドルの効率性の向上をもたらすとしており、こちらも移民を否定するものではない。『生産要素の自由移動によって比較優位の原理がより活かされるようになり、これらの生産要素が流入する国の経済、したがってそれらの国で生まれた住民にも便益をもたらすことになる。』

また移民出身国への影響については、労働者の賃金が上昇することがわかっている。これは賃金上昇分の負担を資本所有者が担うことと同義であるが、重要なのは移民からは出身国への送金/技術の転移があることで、今のところ『本国に残った住民に対する移民の影響はかなりの程度厚生水準を向上させる』とする楽観的な結果が出ているようである。

というあたりが全8章のうちの第2章のみを簡単に要約した内容になる。編者と執筆した経済学者らの結論/主張は、一部意見のズレなどもあるが(たとえば移民のアメリカへの同化率については議論が分かれている)「移民はアメリカにとって有用」であり、「移民政策は(国際的にも)数量制限のない方向へと向かうべきだ」に集約される。その議論はおおむね納得のいくものだ。

出生率の問題など

とはいえ、もう少し論じてほしかったところもある。たとえば現在アフリカの一部地域を除いて全世界的に人口統計上の過渡期が終了し、アメリカに多数の移民を送り込んできたメキシコも出生率は過去30年間で劇的に低下し、現在アメリカと同水準まで急低下している。世界銀行はメキシコの2000年代前半の人口成長率は1950年からの50年とくらべて4分の1になり、過去4半世紀を通した一人あたりGDP成長率はアメリカの2倍と試算した。つまり人口的にも経済的にもアメリカへと移民をするインセンティブは今後は著しく下がっていくと考えられる。

人口が過剰な途上国から不足気味な先進国への労働移動が起こるというのがこれまでの一つの移民の傾向だったが、世界的に人口成長率の低下が続き自国内労働者が少なくなれば就労機会をめぐる競争も緩和され、国を移動する必要がなくなる可能性もある。そうなれば、移民の制限をいくら緩和しようが意味はないし、不法移民をめぐるアメリカの問題も放っておけば時間が解決してくれるものかもしれない(壁もいらない)。というあたりは、本書では何度か話題にのぼることはあっても本格的にデータを上げて議論されていくわけではないので、残念ではある。

おわりに

そんな感じで、文化的/経済的な側面、犯罪率との相関など、移民をめぐる問題は多岐に渡るため一冊ですべてが議論され尽くしているわけではないが、本書は移民についての基礎的な知識を得、感情論ではなくデータに基づいた議論をするためにはまず読んでおいたほうが良いといえる内容に仕上がっている。複数人の著者によっていくつかの点で意見が分かれるのも、移民問題については良いバランスとなって現れているように思う。

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