『この世界の片隅に』のこうの史代さんと、20年前にすれ違った話

小沢 高広2016年11月20日 印刷向け表示
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20世紀の終わりごろ、まだ自分がデビューする直前の話だ。
そのころのちばてつや賞は、佳作以上を取ると「合本」と呼ばれた受賞作をすべて掲載した簡易製本の作品集がもらえた。これがすこぶるおもしろい。もちろんすべて新人の作品なので、漫画としてはまだ稚拙な部分もあれこれあるのだけれど、読むと、自分がどこが弱点で、どこが売りなのか。そういったことが客観的にわかるという受賞者には、たいへん勉強になる本だ。いまでも 1冊たりとも捨てずにとってある。



手元にある第33回ちばてつや賞の合本に、こうの史代さんのお名前がある。ウチが投稿した回ではないので、たぶん編集部で、もらったんだろう。このとき、こうの史代さんは『のの』という26Pの短編で佳作をとられている。(ちなみに同じ回には『高梨さん』の太田基之さん、『ZOO KEEPER』『茶柱倶楽部』の青木幸子さんも入賞してらっしゃる)
不器用な性格のOLの不器用な恋愛と失恋の物語だ。主人公は、二股かけられた挙句に、ボーナスをふんだくられて、逃げられる、と踏んだり蹴ったり。ただ主人公は感情をストレートには表に出さない。控えめなのとも違う。なんというんだろう、強い感情にフタをするいろんな気持ちが描かれている。あきらめたり、見なかったことにしたり、がまんしたりして、バカにしたり。その上で、もれこぼれた微妙な表情が、抑制の効いた絶妙な筆致でみせる。いわゆる「新人ばなれ」した作品だ。
実のところ、こうのさんは、この3年前、95年にアクション増刊(双葉社)でデビューされているので、文字通りの新人とは違うのかもしれないけれど、いやいやそういうレベルじゃない。たいへん驚いたのを覚えている。
 

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)
作者:こうの 史代
出版社:双葉社
発売日:2008-01-12
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身のまわりで、映画『この世界の片隅に』がたいへん評判である。もちろん原作は、こうの史代さんの『この世界の片隅に』だ。戦中の軍港・呉を舞台に、主人公すずを中心に人々の暮らしが、たいへんなディテールをもって描かれる。激動と言って差し支えない時代だ。派手な絵を作ろうと思えば、いくらでも作れる時代ではあるけれど、とても抑制の効いた演出でつらぬかれている。だからこそたちのぼるリアリティ。ちば賞の『のの』と通じる演出だ。こうの史代さんは、いつでもこうの史代さんだなあ、と勝手に後輩気分でいる者からするとうれしくなる。

映画は、11/28の週に、ようやく見に行く時間がとれそう。出版の世界ではよく「初動3日の売れ行きで本の運命が決まる」なんていうけど、映画の世界も同じで「週末の動員」で、映画の運命が大きく変わるらしい。端的にいうと、どんどん上映している劇場が少なくなって行くそうだ。その手の話は、心底クソくだらないマーケティングだと思うけれど、業界の中でそれがルールとなってしまっている以上、ぼやいてばかりでも仕方ない。ウチが28日の週に無事に見に行けるよう、みなさんどんどん劇場に足を運んでください。

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