バブルという巨大なババ抜きゲームで堕ちていった紳士たち『銀行渉外担当 竹中治夫』

角野 信彦2016年11月22日 印刷向け表示
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銀行渉外担当 竹中治夫 ~『金融腐蝕列島』より~(1) (KCデラックス 週刊現代)
作者:こしの りょう
出版社:講談社
発売日:2015-11-20
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『銀行渉外担当 竹中治夫』は1993年から始まる。バブル崩壊の時代を描いた物語だ。バブルの崩壊は、1990年から始まっている。株価は1989年12月29日の大納会で日経平均株価が3万8,915円をつけたのがピーク、一方の不動産は、1990年3月27日の大蔵省からの不動産融資への「総量規制」の通達後、1991年から下落し始めている。株や不動産のほかにも、ゴルフ会員権や絵画などの資産価格が1990年までに唐突に高騰し、その後、急激に下落していった。

「バブルの物語が面白いのはなぜだろう」と思ったことはないだろうか。私にとってそれは、「巨大なババ抜き」の面白さである。ババ抜きはゲームが終わったときにババを持っていた人間が敗者となる。株なら1990年1月4日、不動産なら1990年3月27日に、ゲームの参加者たちは「もしかしたら自分は敗者になったのかもしれない」という疑念をいだき、自分以外のだれかに「ババ」をはめ込もうと必死の形相で駆け出した。その姿に、なにものにも代えがたいバブルのドラマをみるのである。なにせ1990年末からの15年で、株と不動産だけで1,500兆円近くの価値が消えている。いくら掘っても掘り尽くせない人間ドラマの鉱脈がいまもそこに眠っている。

1991年6月、イトマン事件に着手した大阪地検の特捜部長がこんなことを会見で語っている。

「とにかくたくさんの事件が詰まっている。どの程度の事件をどこまでやるか、ということをこれから考えていかなくてはならない。億の単位がごろごろしている中で、三桁くらいの事件を拾っていくべきかなと考えている。二桁でいちいち手を付けていたらいつになったら終わるかわからない。事件の登場人物や背景には、十数年にわたる積年の問題がある。いつか、検察がメスを入れて、清算しなければいけなかったものだ」

 

特捜部長 加納駿亮は6月26日の記者団への定例会見で捜査方針をこう話した。

 


朝日新聞大阪社会部『イトマン事件の深層』

当時の検察も損失が100億に満たない特別背任などは「拾わない」といっている。これだけでもバブルの発生と崩壊がどれだけたくさんのドラマを生み出したかがわかるというものだ。

そして、ゲームが終わったときにババを持っていたバブル紳士がどうしたかというと、彼らは「焼畑農業」をした。経営者の不祥事などで株価が低迷している企業、名門で資産もたくさん持っているが、長期に低迷している産業分野に属しているため、株価が低迷している企業などの株を買い占め、経営に参入し、手形を乱発して自分の事業の資金繰りをつないだり、経営者の不祥事をネタにして、恐喝まがいに融資を迫り、ほとんど返済することがなかった。相手の弱みを握り、それをいっしょに隠し通すふりをしながら、すべてを飲み込んでしまう。手から砂金を出し、それをとろうとすると相手を飲み込んでしまう『千と千尋』のカオナシのような存在がバブルで名を売った紳士たちだった。

許と接した表社会の経済人の多くが、こんな言葉を口にした。


「ロマンを語り、事業構想を描くまでの彼は素晴らしい。その能力を表社会で事業に生かせば、ひとかどの実業家になっていた」


だが、それは「接する」といったレベルの人であり、深く関わった人間は、必ず許と道連れとなって地獄を見た。
許は、秩序に歯向かい、罪を犯すこともものともしない確信犯である。「焼き畑」といわれる彼の手口は、実りの収奪を目的としており、それに全知全能を傾ける。

 

伊藤博敏『許永中「追跡15年」全データ』

これは、イトマン事件の主犯のひとりである許永中を評した言葉のひとつである。警察・検察が扱いきれないほどの数の経済事件があり、暴力装置をカネに変換する法の抜け穴を簡単に見つけられた時代が、バブルの崩壊で終わりかけていた。「焼き畑」が都銀や長信銀まで焼き尽くし、こうしたアウトローたちが活動する場所はほとんどなくなってしまった。

こういうアウトローが活躍する映画や小説、例えば『仁義なき戦い』などに感じるノスタルジアを、私はバブルの物語にも感じる。法律という境界線を飛び越えて自分の利益だけを追求する弱肉強食の世界、「戦国時代」から「バブル」に至るまで、知力の限りをつくして、自分の利益だけを追求していた時代は物語の舞台として最高に面白いし、なぜかそこに郷愁を感じる。

『銀行渉外担当 竹中治夫』はこうしたバブルの崩壊の時代に起こった数々の事件のディティールを描き出す。このマンガには、人間の弱さがどうやってアウトローのメシのタネになるかのケーススタディが満載だ。主人公の竹中治夫は「社畜」である。ただの「社畜」ではない、「誠実な社畜」だ。バブルの後始末のなか、だれもが自分の利益、どうやって責任追及を逃れるかに汲々とするなか、こんなことを言う。

 

こしのりょう『銀行渉外担当 竹中治夫』

こんな人材が100人いたら、あの銀行もこの銀行も名前が残ったかもしれない、なんて思わせる。そういう痛快さがこのマンガの一番の魅力である。

ラストバンカーといわれた西川善文氏は住友銀行で不良債権処理の責任者だった。その後、頭取になり、さくら銀行との合併も成し遂げた。竹中治夫は、物語では左遷されて不良債権処理の部隊に異動した形になっているが、彼が西川さんのように頭取までのぼりつめ、銀行の名前を残すのか、それとも不良債権に足を取られて銀行の名前が消えて、合併先で悲しい思いをすることになるのか。これからもワクワクしながら竹中治夫を見守っていきたい。
 

銀行渉外担当 竹中治夫 ~『金融腐蝕列島』より~(2) (KCデラックス 週刊現代)
作者:こしの りょう
出版社:講談社
発売日:2016-02-23
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銀行渉外担当 竹中治夫 ~『金融腐蝕列島』より~(3) (KCデラックス 週刊現代)
作者:こしの りょう
出版社:講談社
発売日:2016-05-23
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銀行渉外担当 竹中治夫 ~『金融腐蝕列島』より~(4) (KCデラックス 週刊現代)
作者:こしの りょう
出版社:講談社
発売日:2016-08-23
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銀行渉外担当 竹中治夫 ~『金融腐蝕列島』より~(5) (KCデラックス 週刊現代)
作者:こしの りょう
出版社:講談社
発売日:2016-11-22
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朝日住建から訴えられて弁護士を廃業することになった中坊公平をモデルにしたキャラクターが登場し、政治家、大蔵省、住整理回収機構、借りての不動産会社などとの角逐が始まりつつある5巻が本日発売。これからがますます楽しみです。

イトマン事件の深層 (ND Books)
作者:朝日新聞大阪社会部
出版社:朝日新聞
発売日:1992-06
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 イトマン事件はじつは古い本ほど内容が詳しい。事件当時出た本は、これと日経新聞から出ている本しかないし、両方とも価格が高騰している。図書館で見つけたらぜひ読むことをオススメする。

住友銀行秘史
作者:國重 惇史
出版社:講談社
発売日:2016-10-06
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『イトマン事件の深層』でとりあげられている怪文書などのつくり手がこの本の著者の國重さんだったという24年後に書かれたネタバラシの本。その他、平和相互銀行事件のときの「金屏風」を売った資金がその後どうなったかなど、情報が集まる銀行ならではのスクープがたくさん詰まっている。

許永中「追跡15年」全データ (小学館文庫)
作者:伊藤 博敏
出版社:小学館
発売日:2000-10
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 許永中が関わった事件を時系列でまとめてあってわかりやすい。

蒲田戦記―政官財暴との死闘2500日 (文春文庫)
作者:佐佐木 吉之助
出版社:文藝春秋
発売日:2003-12
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1987年旧国鉄蒲田駅跡地を657億円で落札し、大資産家として米フォーブス誌に紹介されたバブルの寵児は、1996年「住専国会」で証人喚問されたあげく偽証罪などで逮捕された。銀行、とくに興銀が槍玉に挙げられているが、この時代には銀行や政治家、官僚がどれだけ汚れ仕事をしていたかがよくわかる。  

住友銀行経営会議
作者:梶原 一明
出版社:講談社
発売日:1984-11
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 名前の残った銀行、住友銀行は高い収益率を誇り、その収益で不良債権を償却していった。イトマン事件を起こした磯田体制は批判にさらされることのほうが多いが、どの銀行より早く組織を機能別から顧客別にし、審査部を各部門内に設けて組織としてのスピードをあげたことが功を奏した。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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