昨日より少し優しくなれる短編集『小松田くんは謝らない』悩みながら生きる全ての人へ

マンガサロン『トリガー』2016年12月02日 印刷向け表示
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小松田くんは謝らない 雨宮もえ短編集 (KCx)
作者:雨宮 もえ
出版社:講談社
発売日:2016-11-07
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こんにちは。マンガサロン『トリガー』店長の兎来です。

『オルガの心臓』(参考:人工心臓、歪な姉弟。熱い命と絆の物語『オルガの心臓』)で注目していた新鋭・雨宮もえ先生の短篇集が出ました! 必読です!

本作は、デビュー作を含む読み切り四本を収録した瑞々しい短編集です。

最初の表題作「小松田くんは謝らない」から、その美しい筆致で描かれる繊細な感情のゆらめく世界に誘われます。「小松田くんは謝らない」は、自分で選んだわけではない運命がもたらす苦難、世界の不条理に晒され、懊悩する二人の小学生の物語です。

日々父親から虐待を受けて常に傷だらけで、ろくな着替えや入浴もできていないことでクラスメイトからイジめられる小松田くん。小松田くんが謝らないのは、親に虐待されている時に何も反応しないことが一番早くその辛い時間を終わらせられると学んだことによる悲しい処世術でした。家にも学校にも、世界のどこにも居場所がない小松田くんの気持ちを考えると居た堪れません。

そんな小松田くんですが、級友でありマンションで真上の部屋に住んでいる加島さんとの交流を通して、少しずつ変化の兆しが表れます。加島さんは加島さんで他の多くの同年代の子とは共有しにくい悩みがありました。両親が離婚し、父子家庭になり、父親は22時まで帰って来ない。受験生の姉は一切何もしてくれず、家事は全て小学生の自分が行う毎日。

日々の生活での鬱憤が、今にも堰を切りそうなほどに溜まっていた二人。アリを踏み潰すことで僅かでも鬱憤を晴らしながら、その行為を二人だけで共有する秘密にする少年と少女の姿には何とも複雑な想いを抱かされました。しかし、それでも必死に生きる彼らは、お互いに影響を与え合って以前とは違った生き方になって行きます。

特筆すべきは、終盤のクライマックスにおける加島さんのセリフ。

「本当の『平穏』は『私』があってこそなんだって!!
(中略)
だから……自分も守ってあげて」

 

このセリフは非常に刺さりました。なぜなら、私も小松田くんと同じように自分を全く大切にせず自暴自棄に生きてきたからです。自分を大切にするということの意味が理解はできても、自分の身で納得して実践することはできなかったのです。圧倒的に自己評価が低く、自分が幸せになることなどどうでも良く、そもそも自分にそんな資格や価値はないと思っていました。精々、身を磨り減らした分他の人が幸せになれれば良い、という位でした。

今でこそ、自分を大切にしないということは自分を大切にしてくれる人をも蔑ろにする行為だと解して昔よりは自分を労わるようにはなっていますが、この時の小松田くんの気持ちは痛いほど解ります。そして、そんな小松田くんに変わって欲しいと心から願う加島さんの気持ちも。二人の前途に明るい光が射していることを切に祈ります。

雨宮先生ご自身も恐らく色々とご苦労をされたのでは、と作品やライナーノーツの端々から見え隠れするものがあります。ただ、そのような傷を負った人の方がその痛みを作品として昇華しより的確に表現できるものかもしれず、それは一つの武器ですらあると思います。

これは小学生のお話ですが、日常でままならない理不尽さに悩まされる人にとっては共感できる部分があるでしょう。抱えるテーマは重いですがそこまで暗すぎず、むしろ最後は清々しい読後感に包まれます。

 

その他の三編も、どれも人間に普遍的に宿る負の感情を描き、心の深い部分に届いて琴線に触れながら、最終的に爽やかな気持ちにさせてくれる作品になっています。

好きだからこそ、その人が幸せになれるとしてもその隣のポジションを奪われることを受け入れにくい女性と少年を描く「桃の香りの男の子」。

愛情という美しいはずの感情が、非常に醜い呪詛を生んでしまう瞬間の悍ましさ。ただそれすらもやがて想い出となり、未来を形作っていく人の世の機微が感じられます。

 

何でも言うことを聞かせようとする父親と、反りの合わない兄弟。それでも歩み寄りたいと思いながらも、親子のそれぞれの意地の張り合いで互いを傷付け合ってしまう「流木の漂着」。

苛立ちが募って、そこまで思っていないのに酷い言葉をぶつけてしまった時の後悔が生々しいです。しなやかで美しい流木になぞらえた心理描写がしっとりと沁みます。

 

少し屈折してしまった写真少年と真っ直ぐ前を向き上を目指す陸上少女を描く「ゴールデン・ポートレイト」は、商業誌未発表作品。

何かで頂点を目指して努力すること、努力しても届かないこと。それでも努力し続ける意味、その中での葛藤や小さな喜び。まさしく青春の煌めきがここにある、という一作です。本気で悔しいと思えるのは、本気で努力した者だけの特権ですね。

恐らく、これらの物語群の内のいずれかの誰かには共感を覚え、想いや記憶が様々な箇所で呼び起こされることでしょう。雨宮先生は、人が胸焦がれる瞬間を切り取るのが本当に上手だと感じます。

そして、生き生きとして胸に残るセリフがいくつもあります。

「優しいものに触れると

 人は優しくいられるんだ」

 雨宮先生の作品は優しいです。甘さと優しさは別物であり、決して甘くはありません。むしろ厳しさもあります。ただ、厳しさの中に優しさが満ちた物語たちです。きっと、読み終えた後は少し優しくなれる。誰かにプレゼントしたくなる。そんな素敵な短篇集です。

 

文:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

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