『コンピュータが小説を書く日  AI作家に「賞」は取れるか』書くことを通して人は「何か」を生み出す

首藤 淳哉2016年12月27日 印刷向け表示
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コンピュータが小説を書く日 ――AI作家に「賞」は取れるか
作者:佐藤 理史
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2016-11-17
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日本は他国に比べ生産性が低いそうだ。最近は書店でも生産性の向上を唱える本をよくみかける。確かにわずかな努力で最大の成果を生み出せればこんなにいいことはない。生産性の向上、大賛成である。寝ながらにしてレビューが書ければ最高である。

ちょっと変わった味わいの短編の名手として知られるロアルド・ダールに、「偉大なる自動文章製造機」(『あなたに似た人Ⅱ』所収)という作品がある。

エンジニアの青年がある時、自動で文章を生み出す機械のアイデアを思いつく。そして売れている作家たちの文体や物語のパターンを覚えこませ、ベストセラーを連発していくというストーリーだ。

これ自体はユーモア小説で、二流の作家ほど創作の苦しみに耐えられずに簡単に金銭に転ぶといった作家稼業のトホホな部分が面白おかしく描かれているのだが、楽をしてレビューを書くという野心を抱く者からすれば、やはり見逃せないのは自動文章製造機の仕組みである。

そのもととなるアイデアはこうだ。機械には数学的な言語に還元できる問題しか扱えない。つまりただひとつの正解しかない問題しか扱えない。一方で機械には記憶を貯えることはできる。英文法はその厳密さにおいて数学的とも言えるルールによって支配されている。ならば単語と言わんとする意味が決まっていれば、それらの語が並ぶ順序は自ずと決まってくるのではないか。動詞や名詞や形容詞などの語彙をメモリーに貯えておけば、求めに応じてそれらを抽出し、文法規則に則った正しい順序で並べられるはずだ……。

これは自然言語処理研究で、解析系と呼ばれるアプローチだ。プログラム言語のような人工言語と区別して人間の言語を自然言語と呼ぶ。自然言語処理研究は、どうすれば人間の言語を扱う能力をコンピュータに持たせることができるかを研究する分野だ。

本のレビューを例にとると、解析系のアプローチは、すでにあるレビューをもとに、そこに書かれている要素を抜き出して、別のレビューを出力するというプロセスになる。だが実はこれではうまくいかない。

日本語の文を語に分割する形態素解析は比較的研究が進んでいて、定型的な文であれば、95%ほどの精度で自動的につくることができるそうだが、文の構造を明らかにする構文解析は現在の技術では正確に行うことが難しいという。

たとえば、「私は、彼がそこに居たのでびっくりした」という文は、「私は、びっくりした」という節(主節)と、「彼がそこに居たので」という節(従属節)に分けることができるが、「私は、彼がそこに居たのでびっくりした」は、主節の中に従属節が埋め込まれている。「節が必ずしも連続した単位とは限らない」ために、標準的な構文解析プログラムでは節を認定することができないのだという。(HONZのレビューをコピペして楽勝で一本仕上げようという計画は潰えた)

解析系よりもさらに難しいのが、生成系と呼ばれるアプローチだ。こちらは、なんらかの情報から、それを伝えるテキストを作り出す方法。本を読んで、その面白さを伝えるレビューを書くというのはこれにあたる。どうやら毎度毎度大変な思いをしながらレビューを書き上げる作業は、コンピュータにも真似のできない凄いことらしい。(だからといって報われた気にならないのはなぜだろう)

こうした日本語との悪戦苦闘ぶりが綴られたのが、『コンピュータが小説を書く日』だ。著者の佐藤理史氏(名古屋大学大学院教授)は、「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」(「きまぐれプロジェクト」)のメンバー。

小説の作成に挑戦した理由は、もっとも自由度が高い表現形式であるがゆえに難易度が高いから。どうせなら「文書生成のエベレスト」」に挑もうと小説を選んだという。「きまぐれプロジェクト」は、AIに2編のショートショートを書かせて「星新一賞」に応募し、うち1編が一次選考を通過した。「ついにAI作家誕生か」「作家もうかうかしていられない」などとマスコミが大々的に報じたのでご記憶の方も多いだろう。(本書にはその際の短編2編が袋とじで収められている)

2016年の読書を振り返るとAI関連の書籍をいつの間にかかなりの冊数読んでいたことに気づく。それだけブームだったのだろう。本書はそれらの中でもいちばんと言っていいくらいに「地味」だ。シンギュラリティだとか職を奪われるだとか危機感を煽るようなノリのものが多い中で、愚直に日本語と格闘する日々が綴られた本書の地味さは群を抜いている。

でもだからこそ面白かった。「できること」と「できないこと」をひたすら確認していく作業。そこから見えてくるのは「AIにイチから文章を書かせるのはかなり難しい」ということ。一足飛びに「職を奪われる!ヤバイ!」と騒ぎ立てる前にこうした現場の研究者の声に耳を傾けることには意義がある。著者は折からのAIブームの報道にはかなりのバイアスがかかっていると苦言を呈している。ちなみに「AIが職を奪う」的な不安を煽る報道には「何を馬鹿なことを言っているのだ」という感想しかないと言う。

終章の「文章を紡ぐということ」には考えさせられる。人間による文章生成のプロセスは依然としてわからないことだらけだと著者は言う。いまのAIの文章生成の仕組みが人間と決定的に異なるところは、決定稿を一気に作ってしまうところだ。だが人間による文章生成は決定稿に至る前のプロセスに秘密があるようなのだ。

「書くこと」とは何か。人は「書くこと」を通して物事への理解を深める。書く前にはわからなかったことが、書くことによって理解できるようになる。だとするならば、書くという行為には、頭の中にあることをただ文字の連なりとして表に出したということ以上の何かが含まれているはずだ。

つまり書くことを通して、人は「何か」を生み出しているのだ。一冊の本のレビューが何かを生み出せているのだとしたら。そしてその何かが誰かの心を動かすのだとしたら……。そんな想像を巡らす時、少しだけ、報われるような気がするのである。

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